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ギャビとハイキング

10 月 11th, 2017

きのう、天気もいいし、連休中遊んでやれなかったギャビを連れてハイキングを思い立った。

この辺りには手頃な山野はどこにでもあるから、場所の選定は苦労しない。

不思議なことに私は自分のこととなると、ほとんどのことは怠けて行動を見送るのに、犬のこととなると思い立ったら即実行である。

隣のおばさんを誘ったら、庭仕事中であるにもかかわらず、ガーデニング用具を放り出してすぐ参加した。

蓼科山に通ずる山道を歩くことにした。

といっても私たち高齢者は(隣のおばさんはまだ62歳、ゴメンね)もう2500m以上の山に登るような事はしない。

かつての登山経験は、美しい思い出として胸にしまっておこう。

今は身の丈に合った場所を選んで、歩いたり登ったりする。

身の程知らずは命の危険にさらされるからね。

結構キツイ斜面を登り切ると、このように明るく平らな道に出る。

ここからはゆるやかな勾配を尾根歩きのような感覚で進む。

私たちオバサンは、ペチャクチャ喋りながらのハイキングが楽しいのである。

まあ、井戸端会議の延長線上にあるのだけれど、そこには“健康”のためには歩かなくては!という功利的な思いもあるのだ。

さらに言えば一日でも長く寿命を延ばしたい、という哀しい願いも潜んでいる。

思えば犬がいなかった20代、30代のはじめ、私はたった100m足らずのポストまで、歩くのを厭いクルマで当然のように行っていた。

犬がいなかったら今頃私は、寝たきり老人一歩手前というところだろうか。

家を出てから3時間弱、ちょうど12時になったので昼食を摂ることにした。

ハイキングやピクニックの弁当は、行きがけにコンビニで買ったオニギリなんていうことにしてはならない。

思い描く“草上のランチ”という、ロマンティックなものを現実化させるためには、手作り弁当でなくてはならないのだ。

おにぎりの中身は、自家製の梅乾しをペースト状にし鰹節を混ぜたもの、牛肉の時雨煮、厚焼き卵、きゅうりと人参の一夜漬け、一人8個当てのプチトマトは潰れないように皮の固い「アイコ」。

そして極上の羊羹二切れ、といった具合に、きちんとした二人分を準備した。

重さも厭わず、水の他に熱いほうじ茶もリュックに入れた。

朝半分の量しか食べさせなかったギャビにも当然食料を用意した。

ギャビの嬉しそうな顔を見ているだけで幸せだった。

さて帰ろうという段になったら、ギャビが四肢を踏ん張って動かない。

もっと歩きたいと全身で抵抗する。

そこでいつも山登りの帰りに立ち寄る、美味しいジェラート屋さんの名前を持ち出し「アイスを食べようね」となだめたら、即OK。

スタスタ歩き出した。

行きも帰りも誰にも会わず、家を出てから帰るまで5時間弱、歩数計を見るとこんなに楽に歩いているのに1万6千歩と出ていたのでビックリした。

普段は朝夕の散歩で6千歩くらいしか歩いていない。

東京生まれの東京育ち、今も原村と東京を行ったり来たりの隣のおばさんが「なんて贅沢なレクレーションなの!」と喜んでくれた。

澄明な空の向こうに哀しさがある。

美しいもの、楽しいものは哀しみと表裏だ。

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