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老人たちのおしゃべり

2 月 6th, 2018

氷の上に雪のベール。

こんな道が一番怖い。

でも滑らないように歩ける場所を見極めて、慎重に歩を進める。

私の性癖である、ボンヤリ考え事をしながら歩くなんていうことは決してない。

きのう松本から友人が4人来た。

60代1人、70代2人、80代1人の4人である。

「原村サミット」と称して2ヶ月に一回くらいここに集まる。

サミットといっても何か会議をするわけではないが、ちょっとした議題はある。

要は集まって食べてお喋りするだけであるが、人の楽しみの基本はこれに尽きるのではないかと思う。

81歳の人と74歳の人は、共に大動脈解離と脳梗塞という生死の境をさまようような病気をして生還した人だ。

クリスチャンでもある81歳の彼女は手術に際して薄れゆく意識の中で、イエス・キリストのことも、夫のことも子供のことも意識にのぼらなかったそうだ。

ただひとつ、台所を片付けておかなかったことが悔やまれたという。

また74歳の脳梗塞で倒れた彼女は、医療は別として死なないためには自分が頑張るしかなかった、気持ちを強くもって自力でトコトン頑張って助かったと思うと言った。

最後まで意識の中には神や仏、また亡くなった夫や両親、あるいは同居の子供のことなど全く出てこなかったそうだ。

浄土真宗では自力を厳しく諌め、阿弥陀如来におすがりする「他力」の心境にならないと救われないというが、そんなことをしていたら私は死んでいたと思う、と語った。

私たちは「パンセの会」という哲学的、宗教的、美学的なものを、テキストを中心に勉強する会の仲間である。

こういった観念論的アソビに日頃から親しんでいても、いざとなると唯物論的になるのだなあ、と私は思った。

神の観念は人間がつくりだした概念にすぎないし、また哲学者は「認識」という快楽を味わい追い求めている人種ではないか、ということを私たちは結論づけた。

とはいえ、私たちはこの会をやめるつもりはサラサラない。

文化園の駐車場。

2月1日に降った雪がまだ溶けずに積み上げられている。

なかなか美しいではないか。

今朝もマイナス13度と寒かった。

この痛いほどの寒気の中にいても、私は“春が待ち遠しい”とはツユほども思わなかった。

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