Home > 未分類 > セピア色の写真

セピア色の写真

1 月 8th, 2019

捜し物をしていたら(老人になるとやたら捜し物が多くなるそうである)机の奥から私が小学校5年生のときに撮った家族写真が出てきた。

両親と兄二人の5人である。

長兄が外国に留学だか遊学に行くというので、家族写真を撮ったのである。

60年前、写真館で撮ったものである。今生の別れのつもりだったのであろうか。

今となっては両親も長兄も死んでしまったので、そのことを確かめようもない。

5年生の私はまだ邪気のない顔をしていて、今の私とは全く別人である。

この写真は私を遠い過去に引き戻す。

ふと私の由来を考えてみた。

近い過去においては、私の存在は両親に結びつけられている。

そこから更に過去を辿ろうとすると気が遠くなる。

その後、私は遺伝や教育によって、また社会学的に、あるいは経済状況や家族によって「私」が規定されたのであろう。

考えれば「私」の開始は自分自身による絶対的な開始ではないのである。

それを思うと、かつての主体のかたまりだったような自分が恥ずかしくなる。

捜し物はどうでもよくなってきたところで(何を捜していたのか忘れた)お腹が空いてきた。

昼食は大量のキャベツを蒸し煮にし、そこへ卵を落とす。

次に、骨付きの鶏肉のぶつ切り、大根の薄切り、ネギ、ニラを入れたスープを作った。(普段はもっと簡単なもの)

母がよく作ってくれた料理である。

いわば「おふくろの味」といったところであろうか。

ボクの気分はセピア色。

Comments are closed.