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ときめきとは何ぞや?

1 月 25th, 2019

マイナス13度という寒い朝だった。

隣のおばさんが「こんな寒い朝は散歩に出てはダメよ」というので、昼過ぎに一緒に散歩した。

空気は冷たいけど、暑いよりよっぽど快適だ。

お客さんからお手紙を頂き、楽しく読んだ。

その中に、トシをとって時間が経つのを早く感ずるのは、若い時にあったような「ときめき」を感じなくなるからだといったことが書いてあった。

ふう〜ん、私なんて若い時から何に対しても「ときめき」を感じたことなんてなかったなあ。

鈍感娘であったということか。

たとえ一瞬でも「ときめき」を感じたとしても、それの認識のあとに来る苦い思いしかなかったなあ。

どんな憧憬だって認識に変換されたら、それまでだもんね。

そのせいであろうか、あっという間に71年が過ぎてしまった。

改めて思う、私は何をしていたの?

でも、きのうパラパラとめくっていた古い文庫本、パスカルの『パンセ』の中に、線が引いてある箇所を発見したので読んでみた。

「理性の最後の歩みは、理性を超えるものが無限にあるということを認めることにある。それを知るところまで行かなければ理性は弱いものでしかない。」

そうだこの一文にはかつて心をときめかしたものだ。

再度読んでも心がときめく。

唯物論者の友人はこれをどう思うのだろう、とふと考えた。

そういえば私はエンゲルスの『空想より科学へ』もときめいたなあ。

「ときめき」とは日常に埋没しない特別な出来事をいうのかもしれない。

それがたくさんあると時間に幅と深さが出てきて、その人の記憶に長くとどまるから、時間が経つのを遅く感ずるのだろう。

子供は見るもの聞くもの、初めてのものばかりだから“ときめき”でいっぱい、ということになるのかもしれない。

だから時間の経つのを遅く感ずるのだ。

私は怠け者だから無為に過ごす時間が好きだなあ。

そのせいか朝起きたと思ったらすぐ夜になってしまう。

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