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骨折その後

2 月 8th, 2019

骨折した箇所は痛みこそなくなったもののまだ腫れている。

何もしないつもりでいたがそうはいかない。

とうとう夕べは隣のおばさんのものも含めて、5人分の夕食も作った。

洗い物も含めヨメゴのオチエがよく手伝ってくれた。

デッサン教室にも無理を承知で参加した。

どういう仕上げになるかを知りたかったことと、じっと独りで家に閉じこもるのはよくないと思ったからだ。

もちろん健常な状態では、私は引き蘢るのが大好きだが、こういった状態では言うにいわれぬ不安に駆られ外界に出たくなる。つまり自信を喪失しているからだ。

運転はケガをした中指を立て、他の4本の指と左手5本でハンドルを握るから問題はない。

人間はほんとうに体に依存しているのだなあ、ということがよく分った。

特に「手」「眼」は大切な器官だ。

出来上がったデッサンは萎縮して力強さなどみじんもない、今の私の精神状態を反映したものだった。

右手の中指たった1本でこうなのだから、他は推して知るべしである。

今更のように、身体の一部を損傷しても、普通に日常生活を送り仕事もしている方々に対して私は敬意を表する。

この先私には老化に伴う肉体の不都合が、様々のところにあらわれてくるだろうが、何とかそれを工夫して、あるいはガマンして過ごしていこう。

きのう、この辺りに住む人々で構成されている「高齢者施設を考える会」という会議に、歩いて4分の所にある自然文化園に行って来た。

いつの間にか私は”考える会”のメンバーになっていたからだ。

グループ討議の時、歩けなくなってトイレにも行けなくなったらどうしようとか、クルマが運転できなくなったら困るから、もっと循環バスの本数を増やして欲しいとか、行政で雪かきをして欲しい、税金を納めているんだから、などと勝手なことばかりをいう老人のまあ多いこと。

それを承知でこんな山の中に住むことにしたんでしょう?原村は65歳以上は医療費がタダだから、それに釣られて住んだんでしょう?その医療費タダの財源だって、きのうきょう来て税金を払いはじめたあなた方の前に何十年も農業や商売で苦労しながら収めた税金が元になっているのだよ。

たった指1本の骨折で気弱になっていたはずの私であるが、歩けなくなったらトイレなんか這ってでも行け!それくらいの気概をもて!と言ってしまいおおかたの顰蹙をかった。

二度とこんな会に出るもんか!と憤慨しながら家に戻り、ギャビの散歩に力強く繰り出した。

やっぱり外に出ることは気持ちを鼓舞させるなあ。

カアチャンは左手でリードを持ってボクを散歩させてくれるんだよ。

だからボクも引っ張らないように協力しているんだ。

お互い様だからね。

ゴハンも作ってくれるけど、肉の他に大根と白菜ばっかりが続くのはイヤだなあ。

(大根と白菜は一度にたくさん茹でられるからね。ギャビちゃんゆるして!)

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