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塩山詣で

2 月 21st, 2019

私は月一回、山梨の老人施設に恩師をその奥さんと一緒に訪ねている。

きのうもまた先生は、先月私が訪ねたことなど忘れており、まるで何年振りかで会うような対応をしてくれた。

でもこの「八ケ岳のオネエサマ」(先生の口癖)が宿泊業をしていることを思い出されたのか、お客さんの入りを心配してくれた。

前回は私がまだ学生だと思っていたフシがある。

このように記憶は複雑に錯綜しているらしい。

今回お会いした印象は、どうも先生にとってご自分の大切なものがますますハッキリしてきて、それが研ぎすまされてきているということだった。

以前の職場の人のことなどきれいサッパリ忘れているのに、先生の著作を読んで感激したアメリカ人が、先月訪ねて来てくれたことなどはしっかりおぼえている。

その時同行したのは以前の職場の人だったのに、その人のことは完全に忘れている。

そのくせ20年も会っていない親友のことを話すときは、実に優しくいい顔をなさる。

「キミの息子は結婚したの?」とお訊ねになるので「ええ、小学生の娘もいます。私にとっては孫ですね」と答えた。

すると「そうか、ボクには孫はいないんだよ」と。

ビックリした奥さんが「ナニいってるの!息子二人と孫二人がいるでしょ!」とたしなめても、不思議そうな顔をするばかり。

私もいずれきっと同じことをいうに違いない、と思って非常に愉快な気分になった。

一方、「このホテルはお昼ご飯を出してくれない」と訴える先生に奥さんがバナナを渡しながら、私に「あなたが哲学に興味をもったのはいつからなの?」とお尋ねになった。

そこで私が「高校生3年の時の誕生日に、祖父が読み古したプラトンの『饗宴』を“バースデイプレゼント”だといって渡してくれた時からです。ちっともうれしくありませんでしたけどね」と答えた。

すると、それまでもぐもぐバナナを食べていた先生の眼がキラリと光り「高校生で『饗宴』を読むのは大変だ。プラトンは深い」とおっしゃった。

ああ、私もこのように年をとりたい、と思った。

(かつてのギャビと孫)

帰りのクルマの中で、私は今の仕事がいつまで続けられるか分らないけど、先のことを思い煩うことをしないで、その日一日を精一杯生きる「その日暮らし」をしようと思った。

『聖書』には「なにをおそれるか、何もおそれるものはないのだよ」ということが通奏低音のように鳴り響いているそうだ。(信大の宗教学の先生から教わった)

私は『聖書』をはじめから通して読んだことはないが、そういわれてみるとハッとする。

哲学者にして浄土宗の宗教家でもある清沢満之の『我が信念』を読んでもそれを感ずる。

宗教とはそういったものかもしれない。

きのうはとてもいい日だった。

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