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夢もしくは志

4 月 21st, 2019

きのう歩きながら孫に「オバアちゃんの夢はなあに?」と訊かれた。

今さら夢もないもんだけど、かつては大きな夢を持ったこともある。

しかし、何かで読んだ「夢は激しく欲求すれば、それは現実のものとなる」というものにブチ当たった時点で私の夢は雲散霧消した。

なぜなら私には”激しく欲求する”という才能というか根性がなかったからだ。

そして今日まで生きてきた中で、小さくいじましい夢はいくつか叶えてきたけど、大志を抱き大きな夢を持つことはハナから諦めていた。

そして夢など見なくなった年齢になったとき、ハタと気がついた。

それまでの私は、世の中にあふれている対象を、自分の内に模写しながら内在化していたのである。

初めから自分の内より出たものではないのだから“激しく欲求”できるわけがない。

つまりこの世界は私が主体となり、意識し構成してはじめて成り立つものなのだ。

それ以外は現象以外の何ものでもない。

もっと若い時にそれに気づいていればよかった。

そうすれば大きな志を抱いて、我が夢、我が現実としてそれを構成できたはずなのに。

そして孫には「おばあちゃんの夢はねえ、いつか動物のようにひとりでひっそりと死ぬことよ」と言いかけてやめた。

次に「死ぬまで本が読めることかなあ」と答えておいた。

もしかしたらこれが一番大きな夢かもしれない。

そう、このトシになると夢まで死に結びついているのだ。

そして、いつまでもこの子といられますように。

これは願い。

神の御心のままに。

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