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ノンビリ散歩

10 月 7th, 2019

隣のおばさんが一週間の東京生活を終えて原村にやってきた。(戻って来た?)

努力の甲斐あって以前より細くなっている。

ピラティス、エアロビクス、山登りと、一生懸命頑張ったからね。

一緒にギャビを連れて原村の高級別荘地を散歩した。

これを見ても俗っぽいなあ、なんて思うまい。

きれいに手入れされた庭、そしてひと叢のリンドウ、これだけで住人の奥ゆかしさが察しられようというもの。

トシをとれば誰でも寛大になる。(もちろん、どんどん狭量になるジイさんバアさんもいるけれど)

どんな過ちを見ても、それは自分が犯しかねなかったものばかりだもの。

何の予定もなく、義務もなく、大した責任もなく、ただ漂うように過ごす快楽は老人の特権だ。

私は怠け者だからこれを快楽と思うけど、スケジュール表に何も書かれてないと苦しい、という同年の知り合いもいる。

「アナタはお気楽でいいわねえ」と言われた。

しかしである。

私はただ漂っているだけではない。

フラフラ歩いていても、外界から取り入れたものは結構内面化しながら、すぐ流れ去ることがないよう「経験」となすべく努力しているのである。

要は言語化することであるが。

覚えていなければならない予定はごくわずかだから、手帳には書き込んでないけれど、日々の雑感だけは記してある。

それができるのは働いてない時、洗濯、掃除、料理という家事をしなくていい時に限る。

要は「ひとり」でいる時である。

女に家事、育児を押し付けるなよ。

そのために今まで、広い分野で優秀な女を失ってきたということに、男も女も気づくべきであろう。

特に政治家の爺さんたちよ!

幼児教育の無償化は3歳児からだと!

切実に必要としているのは0歳児から2歳児までだというのに。

これでは少子化なんて食い止めることはできないよ。

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