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3月26日

3 月 26th, 2020

都会はコロナウィルス騒ぎで大変なようだけど、夜9時過ぎの渋谷の映像を見ていると、人々はまったく危機感を感じていないようだ。

どうして最悪の事態を想定しないのか不思議でならない。

私など農協に買い物に行くだけでも充分すぎるほど気をつけているし、出先では決してトイレを使わない。

帰ったら何をするより先に入念な手洗いである。

いくらひなびた田舎であっても、結構人の流入があるから、念には念を入れるに限る。

引きこもりはちっとも苦ではないから今は楽しい。

原村の3月は冬でもないし、春でもない。

一面の枯れ草の中からほんの少し緑がのぞく。

裸の木々にはところどころ枯葉がくっついている。

建物の北側にはまだ雪が少し残っている。

以前はこの中途半端さ、きたなさが本当にイヤだったが、トシを重ねた今はそれが少しもイヤではない。

つまりどっち付かずの中途半端な状態にこそ、真実も美もあるというもの。

それを探求し解釈できるのは年の功、いやいや積み重ねてきた知性と感性というものさ。

見よ、ちょっぴり頭をのぞかせたフキノトウの美しい黄緑を。

一方消えゆかんとしているわずかばかりの汚れた雪。

雪は上からではなく下から溶けてゆくのだ。

ずいぶん前にこぼした焼き鳥のタレが、そのまま表面に残っているのが何よりの証拠。

残った雪のそばにしゃがんで、“さようなら”とゆく冬に別れを告げる。

そして「フキノトウさん、こんにちわ」と挨拶する。

でも、おまえは今晩刻まれて、味噌汁に浮かべられるのだよ。

こういったバカなことを流れる想念のままに、サンダルをつっかけて庭をブラブラする楽しみよ。

時々枯れた何かの蔓に足をとられて、サンダルが脱げるのも結構!

ボクは寝てるよ。

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