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9月9日

9 月 9th, 2021

今朝は激しい雨だった。

その雨をものともせずに、ギャビのトイレ散歩に出た。

道路を濁流のように流れる雨水を見ていたら、これでは土砂崩れも起きるわなあ、と地球の表面の脆弱さを思った。

30代のはじめから山にこもって40年あまり。

初めはいずれ東京に戻る、と決心したものだ。

そのころの私は物欲にまみれ、消費大好きな愚かな女で、できることならデパートひとつ丸ごと買ってしまいたいくらいだった。

それがガラリと変わってしまったのは、34歳の10月の半ば、東京に遊びに行って富士見駅からの帰り、何を思ったのかいつもは通らない山側の道を遠回りした。

家が近づくにつれ道の両側の、息を飲むような紅葉の美しさに胸を突かれた。

それまでの東京での楽しかった消費行動が心底バカばかしいものに思え、色褪せていった。

本当の私は山梨生まれの田舎の子、甲州の山猿みたいなものだった、と一瞬で本来の自分に戻ってしまった。

保育園を経営していた友人が言っていたっけ。

「人間の根幹は5歳までに決まる」と。

そうだ私は山川草木と一緒に育ってきたんだ、それが私の「育ち」だったんだ、と今更のように感じる。

あれからの私は、村にも山にもすっかり同化したような暮らしを送っている。

犬と一緒に森の中にいて言葉を発しないでいると、自分は自然の一形象として生きていることを感ずる。

それが心地よくもあり、恐怖でもある。

自然は決して心地よい面だけではない。

恐ろしい破壊力と、ちょっと手を抜くと人の手に負えない凶暴な側面を持っている。

私は都市の魅力を決して忘れたわけではない。

都市の魅力はやっかいな自然を否定した人口の領域である。

それだけに便利で、人が逃れられない強い力を持っている。

そのことをよく頭に入れておく必要がある。

といっても私はここに住み続ける他はないのだが。

原村で栽培されているトルコ桔梗。

50年前の、濃い紫の一重の花とは似ても似つかぬ姿に改良されてきた。

この華やかさで多くの人を魅了する。

これは栽培農家のおじさんが、規格外の花を気前よくくれたもの。

産地といえども買うと高い。

今の私は野の花か、自前の庭のコスモスあたりを飾るほどに消費行動とは縁がない。

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