東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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多少の雪は嬉しい

12 月 17th, 2018

数日前の八ケ岳

山の前景にあるのは墓地である。

信州の農村ではよくある光景だ。

墓は寺に付随するものだと思っていたが、信州ではそうでもないらしい。

畠の隅だったり、ちょっと小高い所、あるいは崖を切り崩したようなところにそれはある。

きっと土葬の習慣が長く続いたせいであろう。

あれほど苦しんだ腰痛からすっかり解放された私は、この青空と雪山の美しさが私の肉体と呼応し合って清々しい。

私は何歳になっても精神の痛みについては、これを引き受けねばならぬと覚悟しているし、またできると思う。

しかし肉体の痛みを引き受けることはできないなあ。

とはいえ無精して何の治療もせず2ヶ月も痛みを放置していたけれど。

これはこれで自虐的な苦痛を楽しめたものだ。

まあその程度のものだったということだ。

きのう86歳の女友達と一日を共にした。

彼女は足は不自由だけど、シニアカーといわれている手押し車を使ってどこへでも出掛ける。

きのうも東京から塩山、そして小淵沢までと精力的に動いた。

その彼女が「あなた、不倫についてどう思う?」と訊くのである。

聞けば彼女の友人が小説を書いているのだが、その中身たるや結婚後のお互いの恋愛話のオンパレードだそうだ。

それだけお互いが不倫三昧でいたくせに、離婚することもなく87歳になった今も仲良く暮らしているそうだ。

私は返答に困り、サルトルとボーヴォワールの例を出して答えとした。

この二人は法的な結婚こそしていなかったけれど、それぞれの偶然的恋愛(浮気)も許容し合っていた。

そして必然的愛を全うした。ボーヴォワールはサルトルに最後まで付き添いその死を看取った。

いずれにせよ彼らにとって重要なのは、人生全体についての価値観の一致だった。

これが崩れない限り、あれこれの偶然の愛は瑣末なことだったのであろう。

これを聞いた私の友人は「そうねえ、私もこのトシになるとそれはとても理解できるわ。でも私は不倫体験はあったとしても決して書かないわねえ」と言った。

彼女はかつては脚本家だった。

あ〜あ、私も偶然の愛に身を焦がしたかった。

一回目とは離婚しているし、二回目は死別しているから不倫のしようもない。

少し雪

12 月 14th, 2018

今朝はうっすらと雪化粧。

雪かきをしなければならないほどの降雪はイヤだけど、5センチくらいの積雪は大歓迎だ。

雪を見るとしみじみとオフシーズンだなあと思う。

きょうは朝からメールの返事書きに追われている。

私はもうペンと紙で文章を綴ることができないが、それでもきれいな文字の手紙を頂くと嬉しいので、何とかガンバッテ自筆の返事を書いている。

しかし小学生の孫よりヘタな自分の字を見ると、つくづく習字をやっておけばよかったなあ、と思う。

もちろん母親に習字の稽古に行かされたのであるが、悪童どもとの遊びが優先し、課題の「虫の声」を書いて“はなまる”をもらったところでやめた。

たった3回のお習字稽古だった。

ケイコと言う名前のくせにケイコゴトは全く続かなかった。

といっても昔の田舎だったから、習字とそろばんの2種類だけだったけれど。

そろばんは2回行っただけ。

バレエやピアノを習わせて欲しかったけれど、街まで出る交通手段や金銭面などで無理だということを、子供心にもよく分っていたのでそれは諦めていた。

後年、望むものは何でもやらせてもらえた金持ちの従姉妹から「貧乏があなたの才能を潰したのね」と言われた。

そんなことは思ったこともないけれど、薄給の田舎教師の親の元に生まれた私は、与えられた環境の中で猿のように楽しく野山を駆け巡っていた。

途中、東京に出てミニスカート、ハイヒールで“隠れ地方人”というシティガールを演じていたっけ。

今また本来の野生児ならぬ野生婆に戻ってノビノビと楽しく暮らしている。

隣のおばさんは生まれも育ちも新宿東京人だけど、私が山女に変えてやった!

ギャビもやっぱり山の子。

たま〜に街中に出ると怯えて歩くことができない。

久しぶりの日記更新

12 月 12th, 2018

夕べは雪になるかと思っていたが、みぞれに終わった。

今朝は雨である。

本当に暖冬かもしれない。

とはいえ、早朝の最低気温がマイナス5度という日もあった。

これからは散歩のとき、手袋と耳当てが欠かせない。

『眠れるジプシーの女』アンリ・ルソー作

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きのう松本から友人たちが遊びに来た時、アンリ・ルソーの話が出た。

ルソーはピカソが認めるまでは、批評家からはほとんど揶揄と嘲笑の対象以外の何ものでもなかった。

なぜなら彼はアール・ブリュット(素人芸術家、アウトサイダー)といわれる、美術教育を受けていない日曜画家だったからである。

しかし彼の描く稚拙とも見える絵には、訓練を受けた画家とはまた別の魅力がある。

100年経った今でも『眠れるジプシーの女』は不思議な魅力で私たちを捉えて離さない。

アール・ブリュットは社会的評価や賞賛に無関心な人が、自らの衝動にのみ駆られて創造した作品のことであり、独自性の強い作品であることが特徴的である。

以前は知的障害者や正規の美術教育を受けていない人が、作品を制作し発表することはなかなか困難であった。

しかし今は「なんでもあり」の世の中で、誰もが作品を発表できるインターネット時代である。それを大衆が評価する。

そんな時代に果たしてアール・ブリュットとファインアートに分類される芸術の間に明確な境界線は存在するのだろうか。

少なくとも精神障害者の描いた絵から受ける印象は、他者の評価など全く気にしない「作家の正直さ」が見てとれ、胸を打たれることも確かである。

イタリアの教会

イタリアの教会

子供の作品もアール・ブリュットに含まれる。

これは孫の作品である。

北イタリアの古い教会であるが、そこはかとない寂しさと侘しさが伝わってくる。

そしてある種の宗教性も。

友人たちが絶賛していた。

散歩行きたくない

散歩行きたくない

昼過ぎからは晴れるようだ。

拗ねているギャビを連れて冬空を楽しんでこよう。

散歩は楽しく

12 月 4th, 2018

12月というのに暖かい日が続いている。

散歩のとき手袋もコートもいらない。

でも風景は真冬そのもの。

そういえば私はここ数日、犬の散歩以外ほとんど外に出ていない。

日付もさだかでないから、まるで惚け老人のようである。
ただ本だけはよく読んでいる。
他には何もしたくないので「腰が痛い、やる気が起きない、ダルい、食欲がない」などといって、やらなければならないことをサボっている。
トシだから、という便利な言葉と共に。
そうしたら、息子が一句披露してくれた。
“風花や母は痴人となりにけり”
ギャビと誰もいない林の中を、落ち葉を踏んで歩く楽しみは、この季節ならではのものだ。
もうすぐザクザクと霜柱を踏んで歩くことになるが、これも散歩に付随する喜びのひとつである。
ここに住んで40年近くの月日が流れた。
私は、生まれ故郷は離れてしまったけれど、この自然を永遠の故郷として生きていこう。
ボクはいつも枯葉を尻尾にくっつけて帰るんだよ。

いい天気続き

11 月 27th, 2018

11月の原村が大好きだ。

葉を落とした木々の向こうに広がる青空がいい。

隣のおばさんとギャビがノンビリ、ノンビリ歩いていく姿を見るのもいい。

トシのせいであろうか、私は夜中に一回必ずトイレに起きる。

夕べも午前3時過ぎにトイレに行こうとしたら、ふくらはぎがつった。

あまりの痛さにベッドからおりることもできず、しばらくじっとしていたが治まる気配がない。

それはそれでいいけれど、このままではトイレが間に合わない。

どうしたものかと悩む間にも、時々刻々と決壊の時が迫ってくる。

このままではマズイと焦りながら何とか床に転がり降りた。

ビッコをひきながらトイレに辿り着き、やっとセーフ。

腰は痛いわ、トイレは近いわ、こむらがえりは起きるわと、老人の悩みは尽きない。

もう少し若い時なら、こんな悩みはしばらくガマンしていれば治ったものだ。

と、書いたところでふと気がついた。

ああ、自分の人生を過去形でしか語れぬとき、人は孤独だ。

同年のバアさんが「これでも昔はモテたのよ」なんて言っているのを聞くとゾっとする。

「これからモテてみろよ!」と言いたくなる。

老人に残された未来は短い。

それを感じた時が一番孤独を感ずるのではないだろうか。

若者が「友達に理解されない時に孤独を感ずる」なんていうのは甘い甘い。

理解されなくて当然なのだ。

トシを取ったらもっと深い孤独が襲って来るわい。

私はその日暮らしをめざしている。

朝起きたら今日だけはさまざまな痛みと付き合いながらも、楽しく好き放題に過ごしている。

自分を規制するもの?

世間的な道徳など完全無視!

それができるのが老人の特権よ。

しかし私の内なる倫理規定には忠実に従っている。

そういえば八ケ岳のアウトレットモールは、今期から駐車料金300円を取るそうだ。

友人が2万円近くの買い物をしたのに、駐車料金が無料ではなかったと怒っていた。

全くだ!

2万円もの買い物をする人でも、駐車料金300円は腹が立つものらしい。

こういう姑息なことをするとお客は減るのだよ。