東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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ヴィラとアンドレ

4 月 26th, 2017

盲導犬をリタイアしたアンドレ。

まだ10歳前です。

パピーのころ来てくれましたが、それはそれは賢くて、誰しもこの子は盲導犬になれると確信したものです。

今は立派に盲導犬の役目を果たし、パピーウォーカーさんだった両親の元に帰ってきました。

また会うことができて本当に嬉しかったです。

そして「本当にあなたは盲導犬だったの?」というくらい自由で気ままな日々を過ごしています。

ヴィラちゃんは11歳だけど、美貌はまったく衰えていません。

とても優秀だったので一回だけ赤ちゃんを産みました。

その子がやっぱり盲導犬になっています。

今はアンドレと仲良く暮らしています。

大病したけど立派に復活してくれました。

向かって左がヴィラ。

甘え上手です。

アンドレは仔犬時代の性格そのままで、穏やかで聞き分けのいいコです。

帰る朝です。

アンドレは風の匂いを嗅いでいるのでしょうか。

この無垢な魂を持つ2頭を見ていると、胸がいっぱいになります。

そして「ありがとう」という言葉が自然に出てきます。

アンドレ、ヴィラちゃん、長生きしてね。

いい天気

4 月 23rd, 2017

パソコンに保存してある写真を見ていたら、死んだユーリの写真が出てきた。

こんなに嬉しそうな顔をして笑っているのに死んでしまったなんて。

夕方、わずかな光しかない林の中を散歩していると、木々の向こうにユーリの姿を見たような気がするときがある。

「とんぼ釣り今日はどこまで行ったやら」。江戸時代の女性俳人の句である。

彼女は幼い息子を失っている。

ふとその辺からあらわれそうな気がするのであろう。

のどかな句の向こうに彼女の深い悲しみが透けてみえる。

そうか、ユーリもオイラも死んじまったけど、バアさんの内にはいつも生きているからなあ。

その辺にいる、という感じは押さえようとしても押さえることのできない、残れるものの感じなんだよ。

つまりだ、往ってしまったものと残されたものとの間に流れる交感とでもいおうか、思い返されるものが出てくるんだなあ、そこに宗教感情があるのだよ。

バアさんオイラに手をあわせておくれ。

ンゴォ〜、春は眠くていけねえ。

きょうの日記

4 月 20th, 2017

トリカブトの若葉

3ヶ月ぶりに格安料金美容院で髪をカットしてきた。

私の無精ぶりを示す、床に残る黒白茶色の髪の残骸を見たら、これはマズイなあとしみじみ思った。

年寄りは常に身ぎれいにしていないと、ますます汚くなる。

反省しきりであった。

そういえば亡くなった私の母は、月一回の美容院を欠かしたことがなく、そのための送り迎えにウンザリした私が「もう2ヶ月に一度でいいんじゃない?」と提案したが拒否されたっけ。

「お母さんゴメンネ」と心の中でつぶやくと同時に、しぶといバアさんだったな、と母のことを色々反芻した。

母と娘の関係はやっかいである。

若者は大人になるために「精神的な親殺し」は、避けては通れない通過儀礼である。

私の場合、父親は二度と甦らなかったが、母はコロシてもコロシても甦って来た。

いわば頭の上に“たくわん石”を置かれたような状態であり、91歳でほんとうに亡くなるまで私を苦しめた。

解放されて10年、今は感謝の念が頭を占め「死ねばみんな仏様」を実感している。

毒草トリカブトの葉が萌え出していた。

母親は子供にとってある種の毒である。

ボクはカアチャンのこと大好きだよ!

いつまでも長生きしてね。

バルがきた!

4 月 18th, 2017

あれっ、バルちゃん来ていたの?

アンタは4年前にあの世に逝ったきりだと思っていたのに。

そういえばウチの人たちも、めっきりバルちゃんのことを話さなくなったわねえ。

そうだと思った。

だからオイラ出て来たんだよ。バアさんの前頭葉に。

前から言っているだろう?

オイラはバアさんが思い出してくれる限り、いつだって側にいるんだよ。

あの世とこの世は断絶しているわけじゃないんだぜ。

相互に入り組んでいるだけのことさ。

眼に見えないだけのことなんだよ。バアさんは眼に見えるものしか信じないからなあ。

浄土宗の坊主は、「極楽」はこの世に発見しなければならないと言っているし、キリスト教の牧師も「神の国」はこの地上に建設しなければならない、と言っている。

要はキモチ!キモチだよ!ココロだよ!

だけど最近のバアさんは前頭葉が衰えてきたからなあ。

想像力も表象能力もしぼんできて、目の前のことしか関心がないんだな。

ワルイ?

今の私の関心はこのケーキだけ。

ウチのバカ息子ときたら「平等に切り分けたよ」なんて言っているけど、私に一番小さいのをよこしたわ。

年寄りも若者も平等に扱ってくれないと困るわよ。人間みんな平等なんだから!

相変わらずバアさんは意地汚いなあ。

まあ、バアさんに限らずこの「平等」という概念語をすぐ持ち出す人はクセモノだぜ。

言ってみれば、他人を自分のレベルまで引き下げようとしているってことよ。

まあ、バアさんの叫ぶ“平等”はみみっちい欲望でしかないけどな。

今朝はとても暖かい。

毎朝習慣的につけるストーブであるが、暑くなったのですぐ消した。

予報では、東京は28度にもなるという!

花粉も多く飛びそうだ。

私は花粉症対策として鼻うがいをして効果が出ていたが、鼻のまわり鼻の中にワセリンを塗るようになったら、更に効果が上がった。

これは知人に聞いた方法であるが、疑り深い私はにわかに飛びつくことはせず、色々調べてから試したのであるが、予想以上に良い効果があった。

私は何とか薬に頼らず、花粉症による鼻水クシャミの軽減対策に日々奮闘している。

今や私にとって最大の現実的関心事なのである。

ワカル?バルちゃん。

大泉山登山

4 月 17th, 2017

きのうの日曜日、孫娘が子供たちと保護者も交えて「原っこの森」というところで一日遊ぶということだった。

お弁当や豚汁の野菜を用意し、彼女がリュックを背負った途端、ギャビがピョンピョン跳ねてハシャギだした。

リュックを背負うということは、皆で山に行くことだから、当然自分も連れて行ってもらえると思ったようだ。

子供とその父親がクルマで出たあとのギャビは、尻尾がだらんと垂れ下がり、傍目にもしょんぼりしている様がアリアリだった。

不憫に思った私は、隣のおばさんを誘って近くの里山へ行くことにした。

これ見よがしにリュックを背負って。

もちろんギャビは大喜びであった。

もう何十回と来ている大泉山であったが、久しぶりだったせいかギャビは先頭になってキビキビと登り、しばらく先に行くと私たちを待っている。

私も隣のおばさんも途中までのつもりでいたが、ギャビに連れられ頂上まで登ってしまった。

私は今年の7月で10歳のギャビと一緒に老いている気になっていたが、どうやら私の方が老いのスピードは速そうだ。

それはとっても嬉しいことだと心底思える。

私はギャビが可愛くてたまらない。

これほど無条件に愛しいとおもえるものが他にあろうか!