東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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9 月 19th, 2020

お客さんが送って下さったご自身の著作『天然ごはん』に出ていた青唐辛子、シソの実、ショウガを米麹と醤油で漬け込んだ物をどうしても作ってみたかった。

9月2日に仕込み、きょうまで待った。

満を持しての解禁だった。

まあ、その旨いこと、旨いこと、ご飯がススム。

冷や奴にのせても納豆に混ぜても美味しい。

ステーキソースにも応用できそうだ。

まあ、私の創造なんてこんなもの。

これはいつも野菜を下さる、ヨメゴのおチエの職場の同僚にもお裾分けしなければなるまい。

美味しい物は人任せにしてはならない。

コレ私の信条である。

料理本にはない、生きた料理の紹介がたくさんあるこの本『天然ごはん』をテキストにして、また色々作ろう。

土地にまつわるエッセイが載っていて、それとの連動なので作る意欲が湧いてくるのである。

人間最後に残る楽しみは食べること。

どこからともなく運ばれてきたコスモスの種。

ここに根付いて数年、毎年こぼれ種で増えて行き、こんな風景をつくってくれるようになった。

ゆらゆら揺れるコスモスを見ていると、この季節にはやっぱりコスモスがいいなあ、と思う。

美しいものを見て死にたい、と死の床にあった老教師のことを上田閑照(哲学者/宗教学者)がある本に書いていた。

まあこの場合の美しいものとは、地上的な美を云っているのではないだろうが、現世主義者の私は“美しいもの”といったら花かなあ。

どんな花かといわれても困るし、名前も種類も特定できないけれど、「花」だということにしておこう。

真っ白だったミナツキが薄いピンクに染まってきた。

まだ孫が小さかったころ、彼女のピンクのほっぺが、少し色づいてきたミナツキの花のように思えた。

ママゴトの材料にするようにと切り与えたら、大喜びしていたっけ。

今の彼女のほっぺは、運動会の練習で日焼けして小麦色。

漬物のようだね、と言ったら怒られるかな。

逝ってしまったドロシー

9 月 17th, 2020

ドロシーの飼い主さんがお二人で来て下さいました。

センチメンタルジャーニーということで。

そう、美犬ドロシーは今年の1月にとうとう逝ってしまいました。

16歳と9ヶ月の長寿でした。

最期は眠るように天国へ、だったそうです。

保護犬で、最初の頃はいつも尻尾が脚の間に入っていて、決して眼を合わせてくれませんでしたが、そのうち堂々とした立派な犬になりました。

上の写真は堂々としてきた9歳の頃。

下の写真は2018年9月の15歳の時のものです。とても15歳には見えません。

限りある命と分っていても、またどんなに長生きしたといっても、愛する犬との別れは辛く悲しいものです。

ドロシー、一緒に歩いたねえ。

楽しい思い出をたくさん作ってくれてありがとう。

今もあの端正な姿が眼に浮かびます。

さようなら、ドロシー。安らかに。

自分の部屋の掃除

9 月 16th, 2020

自室の掃除を丹念にした。

半年に一度は不要品を処分している。

もうこれ以上は減らせない、というところまで処分しているが、それでもまた増える。

想い出の品など恥と一緒にとっくに捨てた。

私は現世主義者で、今しかない人間だから、捨てたことを将来後悔することはない。

自室の丈の高い本棚ふたつも、地震で倒れてきたら危ないので、ここ2年の間に中身とともに泣く泣く捨てた。

地震があったとき、倒れてきた本棚の本に埋もれて亡くなった人がいるということを何かで知った。

それも決心の理由である。

どうしても捨てられない本は、丈の低い本棚に入れてお守り代わりにとってある。

もう読まないと分っていても処分できない。

あとまだ物置にとってある本も・・・ということも告白しよう。

他は何でも捨てられるし、捨てて後悔したものなどほとんどない。

着物だって、毛皮のコートだって、およばれ用のドレスだって、フェラガモの靴2足だってとっくに処分した。

洗濯機で洗えないものも、今は何一つ持っていない。

それでも本とモノは増えていく。

どうしたらいいのだろう。

無題

9 月 15th, 2020

きのうのハイキング以来ギャビが元気だ。

今朝も散歩の延長を要求したので、いいよ、いいよと、ギャビのいうがままにした。

でも帰り道は上り坂、汗だくで帰ってきたけど、なんのこれも私のため、とガマンした。

こうして甘やかしていると、もうひとりの息子をもっと甘やかしてやればよかったなあ、と後悔の念が浮かんで来る。

どうして育児書なんか読んだんだろう!と腹がたってくる。

甘やかすことの弊害より、甘やかさなかった弊害の方がはるかに大きかった、と今は確信をもっていえる。

子供はひとりひとりみんな違うのだから、育児書通りにやってはいけないのだ。

それと児童心理学専攻の学者の言に従ってもよくない。

かつて盛んに言われた、満三歳までは母親が常に一緒にいるべきだという説も、今や時代遅れの性別役割分業意識の何ものでもない。

全く自分は子供を育てたこともない学者に、そんなことを言われたくないもんだ。

彼らは大抵文献から導きだしたことを研究結果として発表しているのだ。

おかげでどれだけの女が迷惑を蒙ったか。

おかげでどれだけの女が未来を閉ざされてしまったか。

ああ、私は自分の直観に従うべきだった、と後悔している。

愚かな母だった。

どこから見てもいい親子に見えるはず!

フタリでワガママいっぱい好きなように暮らそうなあ〜ギャビちゃん。

我とは実に相対的なものであって、汝という相手がなければ「私」は存在しない。

犬のギャビでも汝といえる相手なのである。

コレ、私にとっての真実。

富士見高原ハイキング

9 月 14th, 2020

おチエが休みで、息子が仕事を締め切りに間に合わせたので、きょうは富士見高原にハイキングだ。

ギャビと私、それに隣のおばさんの老3体にも刺激を与えなければならない。

遊覧カートにギャビも乗せ、25分かけて上まで。

よく晴れて気持ちのいい日だった。

もう私は高い山には登れないけれど、こうして遊ぶ山はいつまでも楽しもう。

この遊覧カートは自動運転で上まで行ける。

年寄りや身体障害者でも山を楽しめる。

私も杖をついて歩くようになっても来られるだろう。

上にはシャクナゲの花の群落や、ヤマツツジの群落がある。

ギャビは山の子だから、こういう所に来ると活き活きとして、鼻歌まじり(?)で尻尾を振り振り歩く。

私は親バカだから、そんな彼の姿を眺められるのがたまらなく嬉しい。

コロナ自粛が空けた隣のおばさんも元気よく歩く。

もうすぐ本格的な秋が、ススキの風に白く光ってやってくる。

隣のおばさんは、マスクなしで、こうして会話ができることに、しみじみと幸せを感ずると言っていた。

栽培種ではない山の桔梗が咲いていた。

絶滅危惧種である。

どうかいつまでもここにいてくれますように、と祈らずにはいられなかった。

私は山野草を盗掘する人間を心底憎む。

清澄な青い空と木々。

本気で意識にのぼらせながら「青い空」を見つめると、『希望」というものが降り立ってくるような気がした。

これから私たちは不動清水を目指して山道を行く。

ここは雨が降るとたちまち川になる所だ。

やっと不動清水に着いた。

この水は中近世から修験者のつかった霊水だそうだ。

とても冷たく、その美味しさに驚いた。

今までに飲んだどの水より美味しかった。

ここで昼食だ。

弁当を私が4人分今朝作った。鶏肉、レンコン、ニンジンの煮物、卵焼き、ブロッコリー、トマト、おにぎり、インスタント味噌汁。

あわてて食べかけを写真に撮った。

山用のやかんとストーブで、お湯を沸かして淹れたコーヒーの美味しかったこと!

樹下の二人。

あれが安達太良山、あの光るのが阿武隈川

高村光太郎の『智恵子抄』に出てくる詩『樹下の二人』の冒頭である。

息子夫婦を見ていたら、この詩を思い出した。

精神を病んでいった智恵子、それを支える光太郎。

知り合った最初から結婚というかたちをとらず、二人の芸術家は「個」として生きていた。

しかし光太郎は智恵子の発病を機に入籍している。

智恵子を支える日々の中から珠玉の詩集『智恵子抄』が生まれた。

きょうの“樹下の二人”を見ながら、いつまでも仲良くしていて欲しいと思った。

山を下りて駐車場まで1時間。

両側はマリーゴールドの花畑。

疲れ果てたとなりのおばさんが大の字になって寝ている。

約5時間のハイキングだった。

ギャビもぐっすり昼寝した。