東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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ギャビ

6 月 22nd, 2021

昨日のギャビは、ほんとうによく遊びほうけた。

というより真剣に遊んでいた。

こちらもそれに釣られて、真剣に木切を拾い集めて投げてやった。

いいなあ、私はただ遊びほうけるには歳をとりすぎてしまった。

若い時は遊んでも遊んでも遊び足りなかった。

でも今の私の遊びを制しているのはこのギャビなのだ。

月1回だけ10時間家を空ける日はあるが、それ以外は常にギャビと一緒にいる。

だから(私は“なので”とは言わない。文頭の“なので”に違和感を覚える。いつから接続詞になったんだ!)ギャビに常に制約されているのだ。

でもそれが少しも苦痛ではない。

朝起きると必ずギャビの体調を確かめる。

「今日も元気だね」と言って1日が始まる。

ボクはまだまだ大丈夫だよ。

それよりカアチャンの方が心配だよ。

6月21日

6 月 21st, 2021

6歳の頃のギャビ。

やっぱり精悍な顔をしている。それにとても賢い。

謎のMIX犬であるが、和犬の血は全く入っていないらしい。

分別盛りのギャビ。もうすぐ15歳。

眉も顔も白くなり、毛並みも悪くなったけど、でもかわいいと思うのは親の欲目か。

今日は隣のおばさんが「高遠のバラ園を見に行きたい」というのでギャビも連れて行ってきた。

他のところではバラなどとっくに終わっているのだが、長野県は寒いのでまだまだ見られる。

原村や軽井沢ではバラの見頃は7月だ。

当方のバラは原種のものは今を盛りと咲いていい香りを放っているが、他の園芸種はこれからだ。

ギャビは全くバラなぞに興味を示さない。それに暑い。

ちょっとかわいそうになったので、川で涼ませてやろうということになり三峰川まで行った。

流れに木切を投げてやると、バシャバシャしぶきを上げながら夢中で咥えに行く。

これを際限なく繰り返し、こちらもいいかげん疲れた。

でもこれだけよく遊べるのは山の子だからだろうなあ。

おそらくギャビは仔犬の頃からこの遊びが一番好きなはずである。

どうしても帰ろうとしないので、また「さあ、アイスを食べに行こう!」という魔法の言葉で釣ってやっとクルマに乗せた。

川遊び

6 月 20th, 2021

川にギャビを連れていくと若返るので、コーヒーとプリンを持ってみんなで出かけた。

ここからクルマで10分くらい山に向かい、そこから更に10分くらい歩いて渓流へ。

もう何年もそこには行っていなかった。

台風ですっかり様変わりして、川の形も変わっていた。

でも阿弥陀岳から流れ出る清流はそのままだった。

ギャビは大ハシャギで向こう岸に泳いで渡ったり、孫に投げてもらう棒を咥えて遊んだ。

でも水は冷たくて私にはとても入れない。

ギャビは思う存分遊んだので、「さあ帰るよ!」と呼んだら素直に従った。

帰り道、走った!

久しぶりに見た横っ飛びだった。

ネエチャンも一緒だったのでよっぽど嬉しかったのだろう。

家に戻って寝ているギャビの顔を見て、あとどれくらいこうして遊べるのだろうと切なくなった。

それより私こそ、あとどれくらいこうしてギャビや若者たちに付き合えるだろうかと思った。

ギャビを遊ばせるために、こんな山の中の川に来ている私である。

部屋で本でも読んでいたいのに。

ギャビに長生きしてもらわないと困る。私の寿命にも関係してくるのだ。

ギャビとコドモ

6 月 19th, 2021

カメラを修理に出したのでパソコンの中の過去の写真を見ていたら、ギャビと孫のものが出てきた。

もう10年以上も前のものだ。

どちらも若く仲良しだ。

双方ウットリ

いつもこんな風に抱き合っていた。

アタチギャビちゃんとあそんでいるの!

泣いている孫をギャビが後ろから抱きかかえている。

この頃は完全に孫はギャビの子分。

月日は流れ今はコレ。

中学生になった孫は右手にゲーム機、左手でギャビを面倒くさそうに撫でている。

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孫はこれらの写真を見るのはイヤそうであるが、いつかきっと懐かしんでくれるに違いない。

当然であるが、私の写真はほとんどPCの中には入っていない。

自撮りなんて考えつきもしないのはトシのせいではない。

孫と同じようにやっぱり恥ずかしい!

しかしである。

私は自分の姿のイメージは多分若いときのままである。

したがって「今」の自分をしっかり認識する必要がある。

早速自撮りして密かに眺めてみよう。

きっと死にたくなるに違いない。

6月18日

6 月 18th, 2021

黒いチューリップ - ジージのドイツ花便り

不思議な黒いチューリップ。

これはバラクライングリッシュガーデンに行ったとき、ヨメゴのおチエがスマートフォンで撮った写真。

彼女もついにスマホに買い替えた。

PTAや学校の連絡事項がLINEで来るからだ。

ペンションは年寄りが多いせいか未だに固定電話連絡網である。

非効率この上ない、と老人の私が言っている。

とはいえ世の中から取り残されていくのは老人の常である。

あまり不利益を被っても困るから、老人も努力しないとね。

今日プラトンの『饗宴』を読んでいたら「理知の視力は、肉眼の視力がその減退期に入ると、ようやくその鋭さを増し始めるものだ」というくだりがあった。

年寄りにとっては嬉しい励ましと受け取っておこう。

でも今の世の中には“理知の視力”なんて無意味だね。