東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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寒冷地に暮らして

1 月 19th, 2017

毎日寒い日が続いている。

朝の気温がマイナス5度だと「きょうは暖かいねえ」と家族で慰め合う。

テレビのニュースなどで東京が氷点下1度、積雪が3センチでも大きく取り上げられ、さも大変だといわんばかりである。

なんだかなあ〜、である。

先日飯山の友人に「原村は寒いけど雪が少なくていいねえ」と言われた。

積雪は2mを越すことがあるが、気温は寒くてもマイナス5度くらいという飯山である。

今は内外のスキー客でにぎわい、新幹線も止まる駅があり、米も野菜も花もゆたかな地域である。

原村は積雪が1mを越したことは、私がここに住んで39年の間に1度しかない。

冬の気温はマイナス10度以下になることなど1月中は常のことである。

それでも、マイナス15度の寒さの中でも、ストーブをつけ、コタツに入ってじっとしていれば何とかなる。

私は無精だから雪下ろしや雪かきはご免被りたい。

まあいってみればどこに住んでも、人は仕事を含めたその環境に慣れていき、習慣の惰性というやつが土地にしばりつける。

それが土着であるが、そのことを土台にして色々考えてみた。

長く暇な冬はイヤでも考えることを促すのである。

私たちには依って立つ場所が必要だが、それはどこのどういった場所であるという具体的な場所のことではなく、産まれた場所とか住んでいる所のことでもない。

それは精神の拠り所のことである、と、抽象論の大好きなインテリは言う。

しかし非インテリである私はこう思う。

一定の場所に長く住んでいると、いつしかそこが精神的な拠り所となる。

たとえ豪雪地帯であっても、極寒の地であっても。

厳しくとも豊かな自然環境のなかにいれば、なおさらである。

そういった中に放り出された無力な人間は、イヤでも大いなる「存在」の声に耳を澄まさざるをえなくなる。

土着とは、はかない命の人間が、大いなる「存在」の声に直観五感をはたらかせることのできるような場所をいうのではないか、と思う。

ときどき、山に登ってくる農家のおじいさん、おばあさんに接しているとそのことを強く感ずる。

私共は草木である。

そのことを私共が認めようと、認めまいと、そんなことにかかわらず、

天空に花を咲かせ実を結び得るためには、根をもって土中から生い立たねばならない草木である。

〜   〜   〜   〜

まさかこんなことを私が思いつくはずがない。

上記の文言は18世紀から19世紀初頭、極貧の中から敬虔な精神をもち、周囲に助けられながら教育を受けられたドイツの作家「ヨハン・ペーター・ヘーベル」のものである。

どんど焼き

1 月 15th, 2017

この地区のどんど焼きが夕べあった。

以前、順番に回って来るそれの係をしていた時には、私も甘酒なんぞを配ったりしたものだが、今は寒いので行かない。

孫娘が楽しみにしていたので、母親も早めに職場から戻り連れて行った。

以下は彼女が撮ってきた写真である。

なんだかとても懐かしい。

トシをとったものだとつくづく思う。

外はマイナス10度はあろうと思われるのに、人、人、人である。

以前は大小ふたつの櫓が組まれ、それに火がつけられたのだが、今年はひとつだけだったのかな?

この櫓の組み方にも正しいやり方があるのだが、それを次世代になかなか繋げていけない、と聞いたことがある。

そういえば30年前には、村の古老に教わったやり方で作られた櫓は古材を骨組みにし、円錐形に大小二つあった。

それを太い縄でつなぎ、そこにしめ飾りがつけられていた。

表面は松や樅など針葉樹の枝ですきまなく覆い、そこに正月飾りや赤いダルマを結びつけ美しく彩られていた。

燃やしてしまうのが惜しいほどの出来映えだったっけ。

でも、その時代、時代のやり方でいいのだと思う。

これは厄男、厄女の投げる賽銭である。

息子が小学生のころ、投げられた賽銭はなかなか受け止められなかったので、翌日雪の中から拾い出したそうだ。

その方がずっと効率よく多くを手に入れることができた、と彼が後年語っていた。

当時からワルかったようだ。

柳の枝に付けた繭玉を手にして嬉しそうにしている子供たち。

なんとウチの孫娘は手袋もしていない。

お菓子やお賽銭を拾いにくいからだそうだ。

そんなところは父親似か。

しかもコートの下は長袖Tシャツ一枚のみ。

いずれ彼女は冬山にも登れそうだ。

きょうは寒い

1 月 14th, 2017

寒い日が続く。

今年10歳になるギャビは雪の戸外に出してやると、とたんに若返る。

それに引きかえどんな状況におかれても、私が若返ることは金輪際ない。

そういえばきのう、松本駅前で何やら赤いパンフレットを配っている集団がいた。

どうやら年寄りの女の人ばかりを狙って配っている。

受け取るのが面倒だった私がよけて通り過ぎようとしたら、わざわざ駆け寄ってきて渡そうとするので、いらないと言ってしまった。

すると「こちらは日本で唯一のシワ取りの薬用化粧品です。サンプルも入ってございます」と言うではないか!

つい受け取ってしまった私。

それがこの写真。

チラシの下にポーラリンクルショット メディカル セラム 20グラム15000円と小さく出ていた。

夕べ風呂上がりに使ってみたが、朝の私の顔は相変わらずシワだらけ。

15000円分使ってどのくらいシワが浅くなるんだろう、一度できたシワは不可逆的なものである筈。

シワを伸ばすには皮下脂肪をつけて下から伸ばす以外に方法はあるまい、それにはどのくらい太ったらいいんだろう、などと考える。

このポーラリンクルショットというものが、今後どれだけ売れていくのだろうか。

☆          ☆          ☆

冬に犬と一緒にマイナス12度の寒風にさらされているとシワもできるし、夏に紫外線の強烈な戸外で草取りをしていれば白内障にもなる。

今さらここを動けないし、存分に山の良さを享受してきたので、シワなぞどうでもいいわい!というのが正直な私のキモチなのである。

「これがまあ死に所かよ雪五尺」

一茶の句であるが、師匠から”死に所”はよくないと言われ、“これがまあ終の住処か雪五尺”と直したそうだ。

私は断然最初の句の方が好きだ。

久しぶりの大雪

1 月 9th, 2017

久しぶりの大雪だった。

除雪が追いつかず、ペンション区民総出で雪かきをすることになった。

大喜びのギャビ。

真っ白な雪の上に黄色いオシッコをして暴れ回る。

途中から私も参加して道路の雪かきを懸命にやった。

幹線道路は行政でやることになっているが、ここは優先順位の最後だからまだまだ。

昼頃にはクルマも通れるようになる筈だ。

雪の日に家にこもることがでる境遇は、なんとステキなことだろう。

雪かきによる腰の痛みも、去年おぼえた骨盤体操でなんなく快復した。

冬を美しく彩る雪は当分消えそうもないから、散歩も楽しくなりそうだ。

バウムクーヘン

1 月 7th, 2017

隣のおばさんが東京からバウムクーヘンを買ってきてくれた。

きょうのオヤツはこれだった。

ギャビもちょっぴりお相伴。

まだここに来たばかりのころ、山登り男の友人に編笠岳登山を誘われた。

そのころの私は東京から来たばかりの“シティガール”だったから、山登りなんてとんでもない!と断った。

そうしたら彼は「あの編み笠のようになだらかで低い山なんだから大丈夫だよ。山登りなんて散歩を縦にしたようなものだから、上にちょっと歩くだけだ。なんと言っても頂上で淹れて飲むコーヒーは美味しいよ。バウムクーヘンだってあるんだよ」と、うまそうなバウムクーヘンを見せられた。

私の大好物のそれは、信州諏訪では売られていない高級品だった。

私は「行く!行く!それ全部食べる!」

ということで、登山靴もザックもない私は、息子が小学校で使っているリュックとジーパン、スニーカーの軽装で出掛けた。

当日「あのバウムクーヘンを全部平らげるためには、朝ご飯は少しにしておこう」という浅知恵をはたらかせたのが間違いだった。

山の半分も登らないうちにお腹が空いて動けなくなった。

「バ、バ、バウムクーヘンを〜」と手を差し出し、一切れ食べては登り、また一切れ食べては登りを繰り返した。

途中、ハシゴもある急な上り坂の手前で、もう帰りたいと言ったら、バウムクーヘンを差し出され、鼻先にぶら下げられた人参目当てに走る馬のようにして、やっと頂上までたどりついた。

残り少なくなったバウムクーヘンをひとりで全部平らげ、丁寧に淹れてくれたコーヒーをガブ飲みし、その上おにぎりまで食べ、裸足で岩の上を歩き廻って遊び、山を下りた。

散歩を縦にしたものだといっても、八ヶ岳のひとつ編笠岳は標高2500m以上の山である。

今考えれば、よくジーパンでスニーカーといった装備で登ったものである。

若さ故の無知と傲慢さが今となっては懐かしい。

バウムクーヘンをほとんど食べられなかった友人は、もういない。

編笠岳を見上げてはゴメンねとつぶやく。

編笠山