東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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10月23日

10 月 23rd, 2021

チワワのココ君がまたきてくれました。

4歳の立派な男の子です。

コロナ期間のブランクがあったけど、よくおぼえてくれていました。

ココ君、忘れないでいてくれてありがとう!

最近のギャビは爺さん爺さんしてきて、表情に精気がなくなってきたので、先日辰野町の横川渓谷に連れて行った。

ここからクルマで1時間ちょっとのところである。

そこは流れも緩やかで格好の遊び場だった。

存分に遊んだギャビはたちまち元気になって若返った。

3日間くらいはこれが続く。

犬でもこうだから老人は外出の機会を作らなければ、と思った。

今朝のテレビで北アルプスの涸沢カールから穂高へという番組をやっていた。

たまらなく懐かしくなって、36歳のとき初めて行った涸沢の写真を取り出してみた。

私は写真のほとんどをアルバムには貼らず、大袋にひとまとめにしてある。

私が死んだら息子達は心置きなく処分できるように、という配慮からである。

しかし、登山の思い出写真だけは、写真屋でくれる小さなアルバムに山別に保存している。

と言っても枚数は多くない。

自分の若い時の写真なんて見たくもないないけど、山に登った時の写真だけは別である。

その時の写真を眺めながら色々思い出す。

他のことは全部忘れているけど、山行の思い出だけは鮮明である。

穂高にはハーネスで引っ張り上げてもらったという恥ずかしい思い出も含めて、登山の全ての記憶は愛おしい。

そうだ、私はまだ追憶の中には生きていないけど、そうなったら山の思い出を楽しみ、ギャビが走っている夢をみて脚をバタバタさせるようになってみたい。

かつて宝剣岳に登頂して、普段は仏頂面をして性格が悪いけど、この時ばかりは満面の笑みの人。

ココくん、オトウサンとオカアサンのお供をして二人を老けさせないようにね。

ココ君には大切な任務があるんだよ。

10月22日

10 月 22nd, 2021

今にも雨が降ってきそうな寒い朝。

ギャビはコタツの心地よさをおぼえてしまった。

おかげで私は脚を伸ばせないけど、ギャビが快適であればそれで良い。

犬でも歳をとると寒がるようになるのだなあ、と変に感動してしまう。

でも息苦しくないように、ちゃんと顔を出しているのが面白い。

正座できない私は椅子に座って、このテーブル式コタツでご飯も食べるし本も読む。

パソコンで日記も書く。頭寒足熱で非常に具合が良い。

私の場合、朝起きてすぐは膝の裏が痛いけど、しばらくすると痛みが消える。

まるで機械に油が回ってくるように。

きっとアチコチが錆び付いているのだろう。

村の郵便局に行ったら、窓口のかわいい娘さんが白いトルコ桔梗をくれた。

きっとこの局員さんの家が花農家で、出荷しきれなかったのか、規格外のものだったのだろう。

田舎の郵便局の良さである。都会ではこうはいかないよ。

そういえば、自転車屋さんでカボチャをもらったり、自営のガソリンスタンドでほうれん草をもらったり、いかにも泥臭い“カフェ”のオーナーに菊芋をもらったこともあったなあ。

マッタク歳をとるとこの種の現実的な思い出ばっかり!

でもこれこそが地に足のついた生き方、店主のみなさま私は今でも深く感謝しています。

10月19日

10 月 19th, 2021

10

いきなり寒くなった。

何年も前に植えたような気がする菊が、雑草の中から咲いていた。

菊なんて婢女みたいな花だなあ、なんて思っていたがこうして寒空の下で、明るく咲いてくれているのを見ると嬉しい。

菊は短日花である。昼の時間が夜に比べて短くなると咲くという。

暖かい地方では11月が盛りなのであろうが、ここは寒いので日が短くなって、ここぞとばかりに咲いたようだ。

きっとこの菊は成長の頂点にいるのだろう、だから溌剌として美しい。

婢女なんて言ってゴメンよ。

しばらく日記も書かずひっそりと隠世していたけど、幸福でも不幸でもなかった。

きっとこれが一番いい状態であろう。

年寄りの道楽である“勉強会”で今ヤスパースの「12講 死」というものを読んでいる。

私はヤスパースが嫌いだ。

なぜかというと彼の実存哲学は神へと向かうものだからである。

超越者とか包越者などと言って決して神とは言わないが。

ヤスパースは「永遠の現在の意識」を生み出す「高揚した瞬間」の例として、ゲーテのシュタイン夫人への愛による熱狂的高揚を揚げている。

「何が永遠の現在」であるものか。

ゲーテがどれほど格調高くシュタイン夫人への愛を謳ったとしても、愛だの恋だのいうものは、非常に人間臭いものの筆頭である。

そんなものはいずれ冷める。必ず変化する。

現にゲーテは夫人に飽きてイタリアに逃げ出している。

ま、そのおかげで我々は彼の『イタリア紀行』が読めるのであるが。

この世界を超えた「永遠」か。

神秘主義だね。

ギャビも寒いせいかコタツに潜ることが多くなった。

諸般の事情でギャビを遊びに連れ出していない。

毎日浮かぬ顔をしている。

かわいそうだなあと思いながら、排泄散歩だけに終始している。

反省。

10月13日

10 月 13th, 2021

今日も接骨院に行ってきた。

もう私の膝は変形しているそうだ。

農家の人は農作業で変形するが、私の場合は無謀な行為2回と不注意1回が引き起こしたもので、その後のケアをしなかった報いである。

それでもなんとかギャビの散歩はしている。

イザとなったら人工関節でも入れるか、とノンキに構えている。

今日は久しぶりの雨だ。

青葉、青草に注ぐ夏の雨は気持ちがいいけれど、10月以降の雨はやりきれない。

クルマのフロントガラスにペタリと張り付いた桜の枯葉を見て、あることを思い出しちょっと笑った。

定年後、仕事のなくなった夫が、べったり妻に張り付くことを揶揄した“ぬれ落ち葉”である。

オトウサンもかわいそうだけど、これも定年後を見据えて生きてこなかった男の報いかなあ。

最近心ゆくまでギャビと散歩していない。

彼も健気に私に合わせてくれるので、余計かわいそうになる。

「もうボクもトシだからねえ」

10月11日

10 月 11th, 2021

隣のおばさんが東京に行っているので猫のテスを預かっている。

老猫のショートステイだ。

猫はとても気難しい。特にテスはそうだ。

ギャビが飲んだ後の水は決して飲まない。

「こんな汚水は飲めないわ!替えてちょうだい」と私の顔を睨みつけ「ニャア!」と大声で抗議する。

トイレは使うたびにキレイにしてやらないとフテションをするし、同じ餌は2回目にはもう食べない。

これだもん、ワガママに生きているだけあって21歳!人間だったら100歳は超えているよ、ウチは猫も犬も勝手で長生き!

でもねえ、犬や猫は身勝手でないと困るのよ。

こちらに遠慮して、いつもオドオドされていたら人間はいたたまれない。

私は猫と犬の婢女、いくらでもワガママ放題でいてくれていいよ。

でも、これが息子となると違うよ。

「そんなワガママは許さないよ!」と叱り飛ばす。

息子は50近いオッサンだけどね。

ヨメゴのおチエは今日休み。

接骨院の帰りに彼女の精神安定剤を買ってくる。

ナニ、精神安定剤といっても薬ではない。

ポテトチップスの大袋である。

彼女はストレス発散のため、このポテトチップスをバリバリと食べる。

ひたすら食べる。

おチエや、気が済んだかい?