東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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冬の散歩

12 月 12th, 2019

何回も霜がおりて、すっかり緑の失せた池の土手を歩く。

この辺りで草が茶色になる過程は、まず霜が降りて草に水分が溜まる。

それが夜のうちに凍り、翌日太陽に照らされて水分が抜け、ということを何回か繰り返し、繊維だけが残ってカサカサになる。

これが上手くいった場合の草は白くて非常に美しい。

そんなことを観察しながら歩く、晩秋から初冬は色々楽しい発見がある。

なんでも境目というか、どっちつかずの状態は奥の深いものである。

人間もこの両義的な状態を厭うのではなく、双方をよく見て考えて結論を導きださなくてはならない。

要は折合いを付けるということであるが、単細胞のアタマの人は黒か白か!ハッキリさせろ!などと困った要求を突きつける。

今の世の中は、あまりにも分りやすさを求める。

あることが分るというのは、色々な前提があってのことである。

言葉を変えて言えば、知識の積み重ねの上に理解があるということだ。

それすら暫定的なものである。

テレビのバラエティ番組で、タレントが学者に「先生、オレらにも分るように説明してくださいよ〜」

なんて言っているのを聞くと、私は「バカか!」と腹が立つ。

そんなに簡単に分ってたまるか!

そこに到達するためには、何十年という勉強時間とカネがかかっているのだよ。

それを簡単に分ろうなんて虫が良すぎるではないか。

自分もカネと時間をかけて勉強してから言え!

ヘラヘラしながら学者もテレビなんかに出てくるな!

などと毒づく。

今ほど知性に対する信頼が薄れている時代はない。

それは知識人の側にも責任がある。

知識人は非知識人に迎合しすぎているが、それはある種の傲慢と言うことである。

知りたかったら死ぬ程勉強しろ!それができないならバカのままでいろ!

と言ってやればいいのだ!

せわしなく鳴く小鳥の声に耳を澄ますギャビ。

何を思っているのやら。

賢そうではないか。(親バカ)

葉の落ちた木々にヤドリギが目立つようになった。

高い所にあるので、なかなか手にすることができない。

グリム童話やアンデルセンの童話に、このヤドリギのことがよく出ていたので私の憧れの植物であった。

ここに来て初めて見たときの感動は忘れられない。

長い年月をかけて大きな球状になることから『忍耐』という花言葉がヤドリギには与えられている。

ゆっくり、ゆっくりと成長し、寄生先の樹木を枯らさずに共存するヤドリギ。

古代ケルト人はヤドリギを神聖視し、樫の木に宿るものが最も神聖であるとされた。

ヨーロッパではクリスマスになくてはならない植物である。

クリスマスにヤドリギの下でキスすると、そのカップルは幸せになれるというが、そんなことはどうでもいい!

枝を見つけて齧るギャビ。

心ゆくまで齧ったあとは咥えて家まで持ち帰る。

不思議なことに、必ず玄関のドアを開ける前に、お気に入りの枝を放す。

決して家の中までは持ち込まない。

だから玄関脇にはギャビの枝コレクションがある。

溜まったら、それを私が定期的に捨てる。

久しぶりの塩山詣で

12 月 10th, 2019

きのう恩師を塩山の老人施設に訪ねた。

先生の奥さんと駅の改札口で待ち合わせ、そこからエレベーターで下り、私のクルマまで少し歩くのだが、シニアカーを押す奥さんの歩調が以前にも増してゆっくりになった。

無理もない、もうすぐ88歳になるお方だもの。

それでも東京から電車に乗ってやってこられるのである。

この方とは普段からメールでやり取りをしている。

彼女はパソコンを、70代の終わりから杉並区の無料パソコン教室に通ったり、本を読んでスキルを身に付けた。

奥さんは「昔はね、あの人には本当に腹の立つことが色々ありましたよ。でも今は恩讐の彼方にですよ。人をゆるすということがこんなに気持ちのいいことだとは思ってもみませんでした」。

とおっしゃった。

長年夫婦を続けているとそういった心境になるらしい。

残念ながら私は2回も結婚しているが、相手とそういう関係を築けないまま、離婚、死別してしまった。

これも勝手気ままに生きて来た報いか、と思うが微塵も反省しない。

しばらくお会いしていなかったので、先生は私のことを忘れたかと思ったが、ちゃんとおぼえていてくれた。

すっかり子供のようになった先生は、私のことを「八ケ岳のオネエサマ」と呼んでくれた。

奥さんは「ほんとうに、あなたのことをお姉様だと思っているのよ」とおっしゃった。

色々話していると、奥さんの物事を広い視野から眺め、適切に対処していくその行動に私は感嘆するばかりだった。

それは知性から発する優しさに裏打ちされたものであることを、私は感じ取る。

それを察するだけの洞察力は、長年の客商売によって培われた私の経験知でもある。

この仕事をしていてよかった、と思える瞬間でもあった。

奥さんは先生と空間を別にすることによって、本来のご自分を発揮されているようであった。

何歳になっても、たとえ体が不自由になっても、自分を広く世界に発揮して行くことができるのだなあ、ということが分り私はとても嬉しかった。

希望に満たされた一日だったので、これを持続できるよう努力しようと珍しく私は決意した。

身近にこのような人とメールで繋がったり、時々お会いできることは幸せである。

自分ひとりでは本当の自分にはなれないのである。

久しぶり。

ギャビのリラックスポーズ。

犬、猫、アネモネ

12 月 6th, 2019

先日は雨だったけど、山は雪。白くなった八ケ岳を見られるのは嬉しい。

いつも「山は白くなくてはね」と言っている。

鏡の表のような湖面を黒いカモが一羽泳いでいた。

いつもこの池の変化を見ながら散歩する。

結氷してしまうとカモは見られないので、今のうちに何回も見よう。

私は風景写真の中に、人間や動物がいないとつまらないと思う。

ギャビは相変わらず気ままにその辺を歩く。

彼の首にリードは付けたままだけど、好きにさせている。

でも決して私から離れることはない。

「おいで」と呼ぶとすぐ来るし、「待って」というとちゃんと立ち止まる。

道が二つに分かれるところで「どっちに行くの?」と訊くと、振り返って私の顔を見、自分の行きたい方に誘う。

「パン屋に行こう」というと嬉しそうに歩を早める。

チーズパンが食べられるからだ。

13年の歳月は、私とギャビの意思疎通を可能にした。

これこそ老犬と過ごすことの醍醐味だ。

それにしてもギャビは元気だ。

隣のおばさんが東京に行っていたので、20歳の老猫テスを預かった。

ま、1週間のショートステイみたいなものだ。

隣のおばさんは5日に原村に帰ってきて、すぐテスを迎えに来た。

カギ束をジャラジャラ鳴らし「テス、おうち帰るよ!」と呼びかけると、のろのろと椅子から下り、ゆっくりゆっくり歩いて行く。

しみじみ“バアさんになったなあ”と思う。

かつての名ハンターだったテスは、小さなメスライオンを彷彿とさせたものだ。

ああ、イヤダ、イヤダ、私もテスと同じようになるのね。

もうなっているか!

原村はアネモネの出荷が日本一だそうだ。

そのせいか規格外のアネモネの花をとても安く売っている。

ここにあるアネモネの他にあと3本をトイレに活けた。

それら全部で200円だった。

ここはアルストロメリア、カーネーション、シクラメンなどの産地ゆえ、規格外のそれらの花を安く売っているので助かる。

だから、いつも花を絶やさないようにしていられるのである。

どこに住んでも、ささやかな幸福はそこかしこにあるというものだ。

雨上がりの夜空に

12 月 2nd, 2019

一日中雨だったけど、予報通り夕方6時過ぎにはやんだ。

トイレをずーっとガマンしていたギャビと外に出た。

辺りはもう真っ暗で、いやでも冬至の近いことを感じさせる。

冬至は12月22日だという。

頂き物のカボチャがゴロゴロしているので、その日はシンプルにカボチャの煮付けでも食べるか。

雨上がりの夜空をみあげていると、10年前に亡くなった忌野清志郎を思い出す。

そして彼の「雨上がりの夜空に」を口ずさんでみる。

夕食は大根の入ったタラ汁と、わかめ、きゅうり、ちくわ、トマトの酢の物、頂き物の野沢菜の漬け物、炊きたての新米、リンゴである。

肉なし献立の日もたまにはある。

きのう、岡谷出身のバリトン歌手、「吉江忠雄」氏のオールシューベルト歌曲のリサイタルに行って来た。

会場は山梨の高根町という田舎町にある「八ケ岳やまびこホール」という所だった。

ここからクルマで30分ちょっとの場所だ。

畑、田んぼに取り囲まれた中に、このホールだけまるで異時空間にそびえ立つお城のように立派だった。

吉江さんは70歳も過ぎているというのに若々しく、驚くような声量だった。

ゲーテ、シラーの詩に、シューベルトが曲を付けたものと、セレナーデ、菩提樹、魔王、野ばら、鱒などポピュラーなものも取り混ぜた構成で楽しませてくれた。

アンコールで、最近まだ若くして亡くなったソプラノ歌手「佐藤しのぶ」さんを偲んで、シューベルトの即興曲から1曲を歌ってくれた。

私がピアノで挫折した曲だ。

それだけに感慨もひとしおだった。

中村紘子さんといい、佐藤しのぶさんといい、華のある日本のクラシック界にはなくてはならない方々が亡くなって残念でしかたがない。

10年前に亡くなった忌野清志郎のライブも、吉江忠雄のライブも同じようにすばらしかった。

でもライブならロックだなあ。

帰りのクルマの中では清志郎の「デイ・ドリーム・ビリーバー」を大声で歌いながら家路についた。

私は忌野清志郎のファンだった。

きょうは一日退屈だった。

今朝はマイナス7度!

11 月 29th, 2019

ものみな凍る朝だった。マイナス7度。

きのうは一日出ていたので、ギャビの散歩は朝しか行っていない。

きのうの夜、私が帰って来たら、玄関まで走って迎えに来てくれたギャビが、切ない声でキュンキュン鳴いた。

「どこに行ってたのォ〜ボク寂しかったよ〜」といわんばかりである。

知人友人の犬たちは皆高齢なので、飼い主はなるべく外出を控えている。

私も必要最低限の外出しかしない。

行動が制約されることなど、ものの数ではない。

それを思うにつけ若い頃の私は、自分の欲望に忠実なまま子供をほったらかしにし(父母にあずけて)遊びに精出していた。

そんな我欲に満ちた愚かな自分を反省し、他者の為に生きる喜びを見出せたのは犬を飼ってからである。

そう、動物と生活するということは自分の良心を試されるということである。

ギャビを撫でたり、話しかけたりしていると、その顔が息子の幼い頃の顔とダブってくることがある。

悪いことをしたなあ、と後悔の念に苛まれる。

ここに来て犬や猫と暮らしたことによって、私はいくらか真人間になれたかなあ、と思うきょうこのごろである。

そして自分の愚かな行為をしみじみと反省することができるようになったのは、72歳まで生き延びたからである。

そう考えると年を取るのも悪くない。

今朝は充分時間をかけて、ギャビの歩きたい道を気ままに散歩した。

ギャビは、きのう歩いた道はきょうはイヤ。

きょうはこっちと、しばらく歩いていなかった方にズンズン私を誘う。

私は散歩くらい甘やかして、好き放題にさせてやろうとしている。

これは息子に対する贖罪の気持ちか、などという想いにとらわれたりもする。

「ボクはもう充分だよ。いっぱい匂いを嗅いで情報を手に入れたし、出すモノも出したもんね」