東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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残りの紅葉

11 月 12th, 2019

今年は紅葉が遅くまで残っている。

それを口実に庭の諸々の刈り取り作業を一寸伸ばしにしている。

どうしても心と体が動かない。

かくなる上は、今月中にそれを終わらせるようにと自分に命令しよう。

そうやって私は私の主となるのだ。

先日この地域の集会場で「老後をどう生きるか」という講演会があった。

もう老後だし、気が進まなかったけど誘われて行った。

でも、あの内容が本だったら私は決して読まないなあ。

どこでも講演流行りだけど、そんなものはすぐ流れていってしまう。

もちろん記憶力の衰えもあるが。

そこへいくと文字情報は行きつ戻りつしながら、反芻し確かめられるからいい。

自分の性に合っているというものだ。

だから私は後を振り返らない広告、テレビがキライだ。

5頭の犬たち

11 月 10th, 2019

夏来てくれたワンコたちが、1頭増えてまた来てくれました。

みんなとってもお利口な犬たちでした。

向かって左がマロ(正式名称はマロノスケ)

右はニケ。(航行の安全を護る古代ギリシアの女神さま)

トウチャン、カアチャンの安全も頼むよ〜。

なんて理知的な顔!

ルカ

ルカは聖書、四つの福音書を書いたイエスの弟子のひとり。マルコ、マタイに継ぐ3番目のエヴァンゲリスト。

エヴァンゲリストは福音史家のこと。

アニメのエヴァンゲリオンは聖書からパクったもの。

素直に楽しみましょう。

向かって左がブリちゃん。

とっても愛想が良くて、甘えん坊です。

右はモモ(正式名称はモモノスケ)

マロノスケ君と一緒に暮らしています。

まだ6ヶ月ですがビックリするほど利口です。

なんと、私の胸に前脚をかけ、ご挨拶のチューをしてくれました。

外界は美しさに満ちている

11 月 6th, 2019

きょうも天気だ、空が青い。

インドア派の私でもこんな日は外に出たくなる。

名残の花を愛でたり、朱く染められていく植物の変化を見るのも楽しみだ。

世界は時々刻々と移ろっている。

こんな楽しみを見逃すなんてもったいないので、朝に夕に私は外に出る。

といっても、1キロ四方の域を出ないが。

レンギョウの葉。                ホオズキ(鬼燈)

もうすぐ真っ赤になる。             乾燥した部屋に置くと1年間は朱いままである。

「まだあ、早く行こう!」

と玄関で待ちくたびれているギャビ。

大好きな11月!

11 月 5th, 2019

今朝はいい天気なので、7時過ぎにギャビと散歩に出た。

朝6時の気温は零度。

真っ白に霜が降りていた。

公園の外周をオフリードにしてやったギャビが、小走りに鼻歌まじりに(?)進んで行く。

とてもいい所だけど、ここを歩く人はほとんどいない。

やっぱり周縁部は人気がないのだなあ。

常にどこでも中心部に居られなかった私は、いつも周縁をウロウロしていた。

ここはちょっと寂しいけど私の”身の丈に合った所だわい”、と納得する。

でも周縁部でなければ気づかないことがたくさんある。

それは自己の省察がよくできることである。つまりよく「考える」ことができるのである。

ま、自己の省察といってもほとんどが、失敗からどのような教訓を得ていくか、ということに尽きるが。

ナニ、それは他愛もないことである。

例えば、先日農家の知人に頂いた立派なカリフラワーを、その日のうちに調理しなかったことの反省である。

カリフラワーは採れたてであれば、全く苦みがなく生で食べるのが最高に美味しい。

これほど食いしん坊の私が面倒臭さが先にたち、調理を見送ってしまった悔恨と共に、この味は来年まで持ち越しだなあと、自分を責める。

もしかしたら来年は食べられないかもしれない、などと悲観的なおもいもよぎる。

だって人間の条件とは、第一に死すべき存在であることを、いやというほど知っているからである。

そうだ、あとがない私は“無精”、”後回し”こそ避けなければならないことである。

それは口先だけというかもしれない。

でも口に出すことで、特に他者に話すことで実行が伴っていくものである。

ヨメゴのおチエに「夕飯にカリフラワーを料理するからね」と伝えれば、それは確実に実行されていたであろう。

公園の中心部に来ると、私の大好きな西洋菩提樹の大木がすっかり葉を落としていた。

この木はどの樹木より遅く芽吹き、落葉は真っ先に果たしてしまう。

潔く清々しい。

ほんとうに素っ裸だった。

社会の中心部にいて悪事をはたらいている政治家や企業幹部の皆さんよ、この気高い大樹にならって晩節を汚さないでね。

そうそう池袋暴走ジイサンもだよ。

きょうは私ひとりだからピアノを楽しむことにした。

家の者に騒音を聴かせるのは気の毒だからだ。

どの家も窓は締め切りだから、近所に音が洩れることはない。

きょうはギャビに嫌がられても、心ゆくまでトチリまくって気ままに弾くぞ、と決心したが、ふと先日読んだ上田閑照の著作の中の一節を思い出した。

上田閑照は日本人の哲学者の高峰、西田幾多郎の弟子である。

その西田が「君は君の足で君の道をすすまれてよい。ただ、自分で自分に対して批評的であることが必要だ。独りでピアノを弾ずるにも、いつも名人が見ている気持ちでなければならぬ」と。

参ったなあ。

こんなことを思い出すと意気沮喪してしまうではないか。

というわけで楽譜用の眼鏡をかけ、丁寧に楽譜を読み、見落としていた箇所もしっかり確認し、落ち着いて間違えないよう気をつけて弾いた。

それがギャビにも伝わったのか文句をいわれなかった。

きょうはいい日になりそうである。

庭でバーベキュー

11 月 4th, 2019

昼食は庭でバーベキュー。

といっても簡単に肉、椎茸、玉ねぎを焼いて食べるだけ。

もちろんギャビも参加して大興奮。

焼き上がった肉を冷ましているのに、ギャビは待ち切れず矢の催促だった。

息子が落とした玉ねぎを、ギャビが咥えようとするので、素早く私が踏みつけセーフ。

ギャビに危険が迫った時、私はなぜか機敏に動く。

普段は80過ぎのバアさんより動かないのに。

それにしてもバーベキューなんて、料理ではないので私は好きではない。

誰かにタップリと時間をかけて作ってもらったものを食べたいなあ。

家ではそれが叶えられないので、レストランに行くしかない。

そういった欲求は、しかたなくカネで解決することになる。

家庭で毎食作ってもらって、当たり前のように食べている人は、作ってくれる人にもっと感謝しないといけないよ。

特に退職オヤジたち。

友人の連れ合いが退職し、毎日家にいるようになった時、彼女が「毎日3食も食べるのよ!」とさも忌々し気に言っていたっけ。

このごろつくづく思う。

たとえ仕事を持っていても、料理のスキルだけは男女共に若いうちから磨いておかなければ、一人前の人間ではない。

生きる上で一番大事なものを人任せにするなんて、危機管理ができていないということだ。

病気のリスクは一気に上がる。

いくらテレビで健康によい食品を扱っても、それを料理する技術と意志を持っていなければ見るだけムダというもの。

ボクには肉だけくれればいいの!