東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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古い写真

10 月 16th, 2019

下の一枚は、私が今までに撮った写真の中で一番好きで、見ると涙が出てくるユーリとギャビである。

イメージの中に生き続けるユーリ。

二日続けてこのブログを読んだ知人から、あまりにも死や老い強調しすぎて、人がこれを読んだら気を悪くすると言われた。

死を見つめてこそ、今の生がよりよく生きられると思っている私は意に介さない。

私は今までの人生で失敗ばかりしてきたし、穴があったら入りたいくらいの恥ずかしいこともたくさんしてきた。

「我が人生に悔い無し」なんて豪語する老人もいるが、私は悔いと汚点で人生という白く長い布を染上げてきたような気がする。

トシをとるとはいいものだ。

そんなこともこんなことも、もはやどうでもいいと思えるし、人生という汚れた長い布も自分の内でとっくに燃やしてしまった。

だからこそ今が一番幸福だと思えるし、自分を足許から肯定できる満ち足りた気持ちでいられるのである。

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いづくにか帰る日近きここちしてこの世のものの懐かしきころ

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与謝野晶子の歌である。

波瀾万丈の生涯だった晶子である。

「いづこ」への帰属感をもってこの世に住むとき、生と死は互いに交わり、ゆるやかに穏やかに彼方へとすすむのである。

私もこのような心境になりたいものである。

もうどこにもいない2体。

深まる秋

10 月 15th, 2019

秋はススキの風に白く光ってやってくる。

きょうはちょっと肌寒いので、散歩には絶好の日だ。

玄関を一歩出て、寒いくらいがちょうどよい。

ギャビは私が早足で歩くと、負けじと先に立って歩く。

それも15分も続けばお互い疲れてきて、ゆっくり歩く。

老いとひとつになること、それより他に老いを飼いならすことはできない。

今私はアレルギー性鼻炎が悪化して瞼が腫れ、ひどい顔をしている。

漢方薬で治療しながら、そろそろふた月になろうとしているのに、なかなか治らない。

それもこれもトシをとって、免疫が下がってきたからにほかならない。

この顔をしっかりと見据え、人前にさらし、平気でいられるように自分を励ましている。

いつか治るという楽観的な考え方より、一生このままでもいい、というストア哲学的な決意の方が、今回ばかりは私に合っている。

一週間前に撮った公園の西洋菩提樹。私の大好きな木である。

今どうなっているか楽しみである。

もう散ってしまったかもしれない。

この木の葉の散り際は潔い。どの木より早く散るのである。

木全体を黄色く染めたと思ったら、一切の執着を断つように素早く散るのである。

毎年それを見届けると、私の内に密やかな決意が生まれる。

といっても翌日には忘れてしまうけどね。

小野小町

10 月 14th, 2019

赤く染まったミナツキの花も、その3日後にはもう色褪せている。

園芸好きの隣のおばさんにはいつもこう言われている。

「花が枯れて茶色になる前に、早く枝ごと刈り取らなければダメよ」

と、親切に教えてくれるが、私は聞いたためしがない。

ま、無精であることは否めないが、花の最後を見届けたいのである。

私が32歳の時、小布施の「北斎館」で彼の肉筆画である七小町屏風図を見た時の衝撃は今も忘れられない。

小野小町といえば美人の代名詞である。

北斎は小野小町の若い時から、老女に至るまでの七様を見事に描き出している。

私にとって小町の美人だった頃のものはどうでもよかった。

晩年の2枚に私の眼は釘付けになり、あらためて北斎の素晴らしさに唸った。

冷徹に描き出されたその2枚に、私はまだ32歳と若かったけれど、その画に行く先の自己を重ね、たじろいだ。

しかし、これはいつも手もとに置いておこうと思い、7枚セットの絵はがきを買い求め、40年間大切に持っている。

「卒塔婆小町」

卒塔婆に座る老女小町を見とがめて、通りかかった僧が「それは仏に対する冒瀆である」と教え諭そうとする。

それに対して老女小町は「仏の慈悲はそんな浅いものではない」と問答を重ね逆に説き伏せてしまう。

歳を重ねて美と引き換えに叡智をたくわえた小町である。

「関寺小町」

小町は衰えた身を江州(今の滋賀県)関寺の山陰に小さな庵を結んで侘しく暮らしていた。

才色兼備を謳われた小野小町の成れの果てである。

深草少将を九十九夜まで通わせ、あと一日というところで死なせてしまった傲慢さを、老女小町はその歳でどう考えたのだろうか。

死ぬ前に罪のゆるしを得たいと願うのは、キリスト教圏の者ばかりではあるまい。

私は若さと引き換えに何を得たのだろう。

台風の翌日

10 月 13th, 2019

台風19号は、ここ原村では何事もなく過ぎ去りました。

かなり降った雨も、この地は火山灰土ゆえ、地面に吸い込まれていきました。

台風をものともせず、果敢にいらして下さったお客さんですが、きょうは小淵沢で乗馬をしていらっしゃいます。

なんと優雅な!

長野県の北信、東信は千曲川の氾濫により甚大な被害が生じました。

長野県は広い。そして日本も。

小さな島国であっても、南から北まで様々な事態が生じるものです。

報道はされなかったけれど、去年原村を通り抜けた台風22号の方が被害は甚大でした。

きのう排泄以外、外に出られなかったギャビが、きょうは爽やかな風に誘われて庭でノンビリしています。

もうこれで台風は終わりにしてもらいたい、と思うのですが自然現象は受入れるより他はありませんね。

家がなくなっても、クルマがなくなっても、生きていればまた違う展開があるものです。

それをどのように生きるか、ということですね。

ああ、禅宗の坊主にでもなったようなことを言いました。

でもこんなことは安全な場所から対岸の災難を見ているようなもの、と批判されてもしかたありません。

台風

10 月 12th, 2019

きょうは台風が来るという。

隣のおばさんに「水を確保して、食料を充分に、懐中電灯の電池はあるの?常識を知らないとこういうとき困るのよ!」と色々細々アドバイスを受けた。

テレビを見てビックリした、かなり大きな台風らしい。

なるほど常識は人の守り神だなあ、と眼の覚めるおもいがした。

2日前、お客さんにはキャンセルをすすめる電話をしたが、こちらに用があるので、どうしても行く!とおっしゃる果敢なお客さんがいたので、色々準備し料理の下ごしらえは全部した。

停電も考えてオーブンは使わないメニューにした。

去年の台風のときは3日間停電したけど、それほど痛痒を感じなかった。

停電の間、全く人工的な光がないので、星のまたたきが異様に美しかった。

産まれて初めて、崇高とも言えるような星空を観られて感動した。

毎晩星を観察し、ヘッドランプで本を読み、ランタンの元で食事した。

楽しい非日常だった。

人は外界の刺激によって内的生活が決まることは明白だけれど、それを活かすも殺すも本人次第。

常識もなく引き蘢りの私であるが、これからは世の中のことをよく知り、世間に対して謙虚にならねばと思った。

咲き残っていた松虫草。

フランスではこれをマドモアゼルのボンネットというそうである。

命名のセンスのない、日本人植物学者とはえらい違いである。

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