東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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日記の再開

2 月 18th, 2020

サーバーの関係で長らくブログを休んでおりましたが、やっと再開できることになりました。

それと、ついに私は30年振りにインフルエンザに罹ってしまいました。

どうやら息子のウィルスにやられたようです。

あれほどヨメゴのおチエと“風邪なんかひかないぞお!”と気合いを込めて叫んだのに私がやられてしまいました。

幸いにもおチエと孫は無事でした。

夕べ降ったのか、今朝は雪がうっすらあった。

すぐ溶けてしまうだろうけど、雪はやっぱり嬉しい。

窓辺に置いたミルテに新芽が伸びていた。

美しい黄緑色だ。

春が少しずつ近づいている。

インフルエンザで寝ていた数日間、うつらうつらしながら脳裏に浮かぶのは幼児期の記憶ばかりだった。

小学校の教員を辞め、自ら無認可保育園を開設した友人が「人は5歳までに決まる」ということを言っていた。

確かにそうだなあ、だからこそ私は幼児期の記憶が一番鮮明なのだ。

その記憶は、初めに強烈な画像があって言葉はない。

だんだんに言葉がそれに加わっていく。

初めの鮮明な画像はまるで純粋経験みたいなものである。

あとからその画像に、私の成長とともに言葉を当てはめていくのであるが、それは今も続いている。

そのことは人間は生来のものであるばかりでなく、獲得されたものでもある、ということが言える。

人は生まれもった性質がほとんどであろうが、環境がその人の性質を引き出したり、引っ込めたりする。

あるいは環境がその人の性質を強化したり、弱めたりするというところであろう。

ボクはいたって元気だよ。

一緒に山や川で遊んだフィーゴがあっちの世界に行っちまったんだ。

ボクもカアチャンもほんと悲しい。

ゴメンよ、フィーゴの大事なボールを奪ったりして。

1月16日

1 月 16th, 2020

きょうも散歩途中で、頃合いの木切れを見つけて持ち帰ったギャビ。

家までは決して離さない。

仔犬時代に躾けた「ギャビちゃん、ぺっ!」も通用しない。

この“ぺっ!”は口にしたものを出させる魔法の言葉だった。

“出せ!”も“アウト!”も全くダメだったのが、この“ぺっ!”だけはよく効いた。

この魔法の言葉も効かないとなると、あとは好きにさせるほかはない。

ギャビは家に入る前に、咥えて来た木切れを必ずここに置く。

決して家の中に持ち込まない。

もう少し溜まったら捨てよう。

今朝の外気温はマイナス6度。

暖冬とはいえやっぱり寒い。

ギャビじいちゃんには、この季節の散歩時は服を着せている。

これは小淵沢の「ホテル・リゾナーレ」の敷地内の出店で買ったもの。

5千円でちょっとおつりがきた。私のGUのセーターより高い。

ギャビが10歳のときの冬、鼻水を垂らしてクシャミをしているのを見て、風邪をひいたことに気づいた。

そこで隣のおばさんのアドバイスを受け、寒い朝の散歩のときと寝るときは、服を着せることにした。

それ以来ギャビは風邪をひかなくなった。

息子はインフルエンザに罹ったので隔離してある。

孫も風邪をひいて学校を休んだ。

ヨメゴのおチエと私は「風邪になんか負けてなるもんか!」と言って、バクバク食べ、緑茶をガブガブ、ビタミンCの錠剤を飲み、お互い励まし合っている。

気合いだあ!!と叫んで。

1月14日

1 月 14th, 2020

今年は雪が少なく気温も高めだ。

ほんの少し残っている雪を眺めながらの散歩も、また楽しい。

「青い空と白い雲」こんな手垢のついた言葉でもやっぱり言ってみたくなる。

そしてこの風景を満喫する。

ヒョロっとした白樺もいいアクセント。

もう閑なので練習中のピアノをやろうと思ったが、次から次へと家事が湧いて来る。

それに手が荒れていて、右手の親指には絆創膏が巻いてある。

これではピアノもないもんだ。

楽器を演奏する人は素人も含めて、皿やぞうきんを洗ったり、風呂を磨いたりすることがあるんだろうか。

きょうの私はボサボサの髪で、汚れたエプロンを付けたままピアノに向かっている。

しかもガス台の油汚れを掃除した手を、洗剤でゴシゴシ洗ったのでカサカサになってしまった。

そんな指先を我ながら情けない思いで眺め、鍵盤に触るのも躊躇する。

どんなに上流の婦人を装っても、手を見ればその人がどんな階級かたちまち分ってしまうという。

指は長いけど、どう見ても私の手は労働者階級のそれだ。

フン!手は第二の脳だ。

その手を使わないできた人なんて頭も使っていないということだ。

ああ、でもでも、私はバカでもいいから使用人が欲しかったなあ。

きょうのモーツアルトは悲し気だ。

まるで私の心を映しているようね。

1月12日

1 月 12th, 2020

この連休はニューファンドランド犬がたくさん来てくれました。

ユガフ君

ユガフとは沖縄の言葉で「豊穣」を意味する言葉だそうです。

大きくて優しくて賢くて、ニューファンの魅力はことばには尽くせないほどだとか。

この無邪気な顔を見たら最後、虜になってしまいそう。

この眼を見ていると涙が出てきます。

人間の罪深さを思わせる清らかな眼です。

体重61キロ。

もう少しで私の体重に届きそうではないか。

一緒に暮らしているチマチマちゃん。

ニューファンのユガフ君よりずっと威張っているそうです。

バーニーズのリーフ君。

まだ1歳です。

大型犬の1歳はまだまだコドモです。

将来きっと素晴らしいバーニーズになることでしょう。

きょうは“どんど焼き”の日。

夜7時から孫娘とその母親が行ってきました。

お菓子をたくさん投げてもらってゴキゲンで帰って来た孫娘。

でもおひねりはたったの5円だったとか。

それでもいい!

あっちこちでお年玉をもらって大金持ちなんだから。

冬の夜空にあがる火柱は美しい。

どんど焼きも五穀豊穣を願ってのものかなあ。

無精しないで行けばよかった。

1月5日

1 月 5th, 2020

夕べも雪がちらついた。

今朝も寒い。

道が凍っているから滑らないように気をつけて歩く。

背筋を伸ばしてサッサと軽快に歩くなんてことはできない。

そんなことをしたらたちまちひっくり返ってしまう。

ギャビを牽制しながらガニ股でソロソロと歩く。

不本意だけど、これが老人の歩き方と、なりふり構わず歩を進める。

靴に滑り止めを付けて出て来るべきだったと後悔する。

かつては後悔することがあると、いつまでもそれに苛まれた。

しかし今はそれを引きずらない対処の仕方も身に付けた。つまり忘れるということ。

そういえば何年か前、森有正の何かを読んでいた時、「人をゆるすということは神にしかできない。忘れることだ、それも本気で忘れるように努力しなければならない」という箇所があった。

胸にズンときた。

これからの長い冬に備えて、ケガをしないよう気をつけよう。

それより無収入の冬であっても、楽しく暮らせるから嬉しいなあ。

こういうのを貧楽というそうだ。

私のためにあるような言葉だ。

オイ、相棒、今夜も夜更かししようね!