東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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6月26日

6 月 26th, 2022

この炎天下、私は昨日から2回目の草刈りをしている。

夏の苦行である。

コンクリートかアスファルトで固めてしまいたいくらいである。

カヤツリグサ、スズメノカタビラ、ギシギシの3種が我が家の最強の雑草である。

最初はこれらの草の名前なんて知らなかったけれど、根絶させようと色々調べているうちに名前をおぼえた。

スコップで掘り返し、根こそぎ退治したと思ってもまた翌年には生えてくる。

どうやら除草剤を併用しないと無理らしいということが判明した。

その時点で私は諦めた。

表面だけ刈り取って、あとは雑草に好きにしてもらおうという気持ちになったのだ。

それから草刈りはだいぶ楽になった。

なんでも共存共栄が楽だし平和だ。

相手を根絶やしにしようなんて思ったら、決してうまくいかない。

自分が受けるダメージだって相当なものなのに。

草も繁茂するけど、花もいたるところに咲いていて疲れた体を慰めてくれる。

白い花はオルレア、レースフラワーとも呼ばれている。

繁殖力強し。

大好きな薔薇ウーメロが咲いた。

素晴らしい香りだ。

つまらないなあ。

6月25日

6 月 25th, 2022

きのうは「ギャビちゃんデイ」と称して一年振りに三峰川に連れて行った。

隣のおばさんが「空と雲が近くにある」と言っていたけれど、言われてみればそうだなあと今更のように気がついた。

川風が気持ちよく渡り、南アルプスから流れ出る水はあくまで清浄で冷たい。

ここは速さに差がある流れが3本あるから、一番緩やかなところでギャビを遊ばせる。

主流はかなり急だからギャビは決して近づかない。

ギャビは石の上をゆっくりゆっくり歩いて、流れにたどり着いて行く。

去年に比べかなり衰えているギャビを見ていると、切なさが込み上げてくる。

それでも一生懸命、私が投げてやる木切を咥えに行く姿がいじらしい。

珍しく私がギャビの動画を撮ったが、来年も同じことができるだろうか。

ギャビの老いと私の老いが重なって、深い意味で空と雲が近くなったような気がした。

でも澄みずみとした気持ちで、空と雲の向こうをみることができる。

悲哀は美しい。

さんざん遊んで疲れているギャビなのに、どうしても帰りたがらない。

そこでまたしても魔法のコトバ「アイスを食べよう!」と誘ったら、やっとギャビは重い腰をあげた。

三峰川の帰りは「南アルプス道の駅」に必ず寄る。

ここでいつも「すずらん牧場」の牛乳を使った素朴なソフトクリームを食べるのだが、一年経ったらジェラートに変わっていた。

でも面白いというかそれまでのファンのために「裏メニューとしてちゃんとソフトクリームもありますよ」ということだった。

見れば地元の人と思しきおじいちゃんが、ベンチに座って従来のソフトクリームを食べていた。

この写真のジェラートはアスパラベーコンとレモンでおチエ選択。

このあたりはアスパラの生産地だから安い。

たくさん買って帰り夕食時、天ぷらにした。

大皿二つがあっという間に空になった。

6月19日

6 月 19th, 2022

小川のほとりにクリンソウがたくさん咲いていた。

もう終わりかけだけど、これが野草だなんて驚きだ。

私の生家には大きな姿見があった。

朝学校に出かける時、私たちはこれに姿を写してOKをもらった。

ある夜、泥酔して帰ってきた父がよろけてこの姿見に当たり、割ってしまった。

両親の派手な喧嘩の後、母はいくつかに割れた鏡を、懇意にしていた指物師に頼んで大小さまざまな鏡に変えた。

これは私の格好のおもちゃになった。

自分の横顔、正面などを写して、不思議な合わせ鏡を楽しんでいた。

そんな私を見ていた母がぽつりと言った。

「自分の顔なんて決して見ることはできないのよ」。

小学生だったけど、私はこのことを瞬時に理解した。

そして母を憎んだ。

どうして今そのことを私に突きつけたの!まだ知りたくなかった、残酷な親だと本気で思い悲しくなった。

それは、自分で自分のことはわからない、見えない、という哲学的、宗教的な根本問題なのだから。

そのことを大人になってから知ったとしても切ないことなのだ。

まったく私の母は“毒親”だった。

私と母はいつだって愛憎半ばするような親子関係だった。

その彼女も13年前に亡くなった。

もうとっくに母をゆるしている。

親をゆるすということは「おとな」になるということだ。

ボクはカアちゃんのことはなんでも許してあげるよ。

6月15日

6 月 15th, 2022

6月も半ばだというのに肌寒い。

コタツに入って所在なく過ごしている。

緑の葉が幾重にも重なり合う暗い部分を眺めていたら、ふとこの冬の寒さを思い出した。

あの寒さの中で私は、このような春や夏が来ることを信じられたであろうか。

もちろん冬の後には春が来ることを私はちゃんと知っていた。

しかし私にはそのことが信じられなかった。

「知」と「信」は同一の軌にはない。

滑って転んだ時、激烈な痛みの中、見渡す限りの雪と氷の世界にうずくまりながら、私は永遠に冬は終わらないと感じた。

あと1ヶ月半もしたら春が来るなんて信じられなかった。

でもこのままでは絶望しかない。

盲目的な信は愚にもつながる。

しかし冬の後には春が来るという自明の理を信じることにしよう、という思いにやっと至りなんとか家に辿り着いた。

今こうして美しい6月を享受しているが、火の気が欲しくなるとあの日のことを思い出す。

まだ腰は完全に治っていないが私はそれでもいいと思っている。

痛みが出るたびに、降りしきる雪の中でうずくまって、色々真剣に考えた2月10日のことを忘れないようにしようと思う。

6月14日

6 月 14th, 2022

最近ギャビは朝起きるのが早くなった。

以前は私が起きるまで寝ていたが、今は5時半にはキッチリ起きるから、仕方なく私も起きることになる。

散歩を済ませて帰ってきてもまだ6時過ぎ。

そこで私は家族のために朝食を作る。

結構楽しんで作っている。

それをおチエが撮影した。

まるでインスタグラムみたい!

私はやらないけどね。

ギャビはネエのことが大好きだ。

なんだか人間臭い。

下の写真はギャビが4歳のころ。

なんだかワルそう。

ギャビ