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チョビスケとココタ

5 月 20th, 2019

ポメラニアンのチョビスケ。

これは去年の写真です。

チョビ君は帰る日の朝、突然具合が悪くなってしまいました。

元々心臓が悪かったのですが、標高の高い当地で血圧に変調を来したのが原因でした。

大急ぎで帰宅し、かかりつけの獣医さんのところで診てもらって事なきを得ました。

保護犬でもう12歳くらいになるので大事にしないとね。

初めはチョビの賢さゆえ、ずいぶん警戒して慣れてくれませんでしたが、今は私たちにもすっかり心をゆるして甘えてくれるようになりました。

もっともっと長生きしてね。

今回はチョビの写真を撮ることができなくて残念でした。

当方のホームページにいる3頭の犬のうちのボーダーコリー(コタツ)の亡き後、今の飼い主さんのところに来たココタ。

この子も保護犬です。

何のミックスかしらねえ。

孫にダッコされた生後8ヶ月のころのココタ。

すっかり大きくなりました。

帰る日の朝、クルマに乗りたくない!と逃げ出したココタ。

でも、オトウサンに捕まえられてダッコされ、しぶしぶクルマに収容されました。

ノビノビ自由に楽しく育っています。

姫リンゴが花盛り。

秋には小さいけど美味しい実が食べられそう。

5月はいいなあ。

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今月の塩山詣で

5 月 19th, 2019

風薫る5月!

庭にはびこる雑草でさえ美しい!

ギャビと庭に出て、萌え出した緑をしばし楽しむ。

先日、89歳の恩師を、先生の奥さんと一緒に山梨県の老人施設に訪ねた。

先生は、ますます自分にとって大切な人や事がハッキリとしてきた。

私のことは「八ケ岳のおねえさま」とお呼びになって、宿泊業であるらしいことはまだお忘れではないようだった。

ついでに私の息子については、なぜか毎回「息子さんは小説を書いているかい?」と必ずお尋ねになる。

奥さんに言わせると「今はもう本を読む人も、書く人も身近にいなくなったから彼は寂しいの。あなたの息子さんだけが希望の星なのよ」ということであった。

楽しく少々トンチンカンな会話が弾んだあと、奥さんが「このあいだお見舞いに来て下さった〇〇エイコさんが、あなたのことをお元気そうでよかったと言って下さったのよ」と先生に優しく伝えた。

すると「えっ!〇〇エイコさん!どうしてここに来たことを教えてくれなかったの!エイコさんは僕の大学時代の同級生でマドンナだった人だよ!」と先生。

どうやら〇〇エイコさんは同姓同名の二人であるらしい。

「違うわよ!〇〇エイコさんはお隣のおばあちゃん。あなたもよくご存知のはずよ。まだお会いしたばかりじゃない」と奥さん。

すると先生は「知らん!そんなバアサン!」と言ってすっかり不機嫌になってしまった。

そこで卵焼きやらプリンで先生のキゲンをとると、「エイコさんはねえ、みんなの憧れだったんだよ。フランス語がうまくてねえ。今もきっとキレイだろうなあ」とプリンを口に運びながら、眼を輝かせて話してくれた。

どうやら先生にとって過去はすぐそこにあるらしかった。

奥さんが「その方はもうとっくに亡くなったのよ」と、ソッと私に耳打ちしてくれた。

今月の塩山詣でも楽しかった!

ギャビちゃんもライラックの香りにウットリしているのかな?

「ちがうよ、肉を焼く匂いだよ」

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誕生日

5 月 15th, 2019

きょう5月15日は私の誕生日だ。

それにしてもこの美しい5月の風景!

あと2週間はこの中に身を置けそうだ。

出生時、私は未熟児で産まれたそうだが、成人してからは身長が167センチ、体重60キロの当時としては大女に育った。

それが今は身長は2センチ縮み、体重は3キロ増えたので、やっぱり大柄ばあさんである。

70歳になったときは死を逆算してうろたえた。

しかし去年、つまり71歳のときは何とも思わなかった。

そして今年72歳になったわけだが、私の内には何も起らない。

「またケーキかあ、太るなあ」といった感想しかない。

もっとも、このトシまで生きてきたら私自身色々な変化があった。

まず、人に対して寛容になった。

そして謙虚にもなった。

しかし、そのふたつの“美徳”を吹聴するという矛盾も同時に抱え持っている。

ケーキ美味しかったよ。

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遅い春

5 月 14th, 2019

自然文化園の池に、水芭蕉が盛りと咲いていた。

カメラを持った年寄りたちが撮影に余念がない。

退職後の趣味として手頃なのだろう。

死ぬまでの暇つぶしは何をやってもいいもんね。

もちろん仕事だって死ぬまでの暇つぶし。

春が遅かった分、まだ山桜の花が咲いている。

手前の木はもう葉桜になっているけど、坂の上に行くに従って花は美しく咲いている。

ここはほんのちょっとでも標高が高くなると、その変化は植物にてきめんに現れる。

隣のおばさんと一緒にノンビリノンビリ歩いて行く2体。

その後ろ姿を見ていて私はしみじみと思った。

私も隣のおばさんも前向きに生を進む人間ではない。

ただその日を刹那的に慎ましく生きるだけ。

人生の壁にぶち当たっても、それを乗り越えて行くのではなく、壁に沿って歩いて来たような人間である。

だから文字通り周縁部で暮らしてきた。

この寂し気な風景は私たちにピッタリだなあ、と思うけど隣のおばさんにこんなことを言ったら怒られるかなあ。

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スミレによせて

5 月 11th, 2019

長かった連休も終わって、ここは今一年中で一番美しい時である。

いたるところに咲くスミレを毎年楽しみにしている私であるが、村の農家のおばさんに言わせると、「こんなもんは雑草だから生やしちゃあダメだよ」ということであった。

それでも構わず生えるがままにしていたら、どんどん繁殖して他の植物を駆逐しはじめた。

こんなカワイイ顔していつの間にか庭を占領したのね。

おとなしいフリしてホントは“したたかな女”みたいね。

こういう女に男は弱いんだよね、男ってバカね、などとつぶやきながら花を摘んでテーブルの小さな花瓶に活けた。

まだ学生の頃、寝起きで牛乳とあんぱんの至福の時を味わっていた。

ついでにレコードでドイツリート集から歌詞の訳を読みながら、モーツアルトの『スミレ』を聴いていた。

今レコードなんて若者は知らないだろうなあ。

以下は強烈におぼえている『スミレ』の内容である。

牧場にスミレが咲いていた。

そこに羊飼いの娘が現れた。

スミレは少女に摘まれて、胸に抱きしめてもらいたいと願った。

やってきた少女はスミレに気づかず憐れなスミレを踏みつぶしてしまった。

スミレは力尽きたが本望だった。

あの人に踏まれて死ねるのだから!

と、大体このような内容だった。

そこへ友人が、付き合っていた男に別れを切り出されたといってションボリとやって来た。

そしてため息まじりに「愛ってなんなのかしらねえ」と青臭いことを言った。

そこで私は読んでいた『スミレ』を「これよ、これ!」と言って友人に読ませた。

彼女は私の頭をひっぱたいて大怒りで出て行った。

ああ私も「スミレ」のような恋をしてみたかったなあ。

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