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熱中症

6 月 27th, 2017

先日、商工会の日帰り旅行で岐阜の「花フェスタ記念公園」というところへ行った。

夕方家に戻ったら、今まで経験したことのないような頭痛がした。

くも膜下出血か、脳出血かもしれないという思いが頭をよぎった。

息子には決して部屋に入らないようにと言い渡し、すぐ寝た。

救急車などを呼ばれては困るからだ。

この状態が続けばそのうち意識がなくなり、そのままあの世行き、ということになるかもしれないなあと覚悟を決めた。

だけど、この散らかし放題の部屋をそのままではちょっと恥ずかしいなあ、と痛い頭に見栄が走る。

そして、まだ処分しなければならないものもあるから死ねないなあ、なんとていうことを考えていたら、いつの間にか眠りに落ちた。

翌朝ケロリとして起きて、水を飲んだら治っていた。

どうやら私は軽い熱中症に罹ったようだ。

かんかん照りの花の公園を動き回って、帰りのバスの中でお茶を三口くらい飲んだだけだったのだから。

私の体はすっかり原村の冷気に慣らされていたようだ。

老人は熱中症になりやすい、ということは本当だった。

ま、頭も体も鈍くなっているということだ。

その後私は部屋の掃除をし、大きなゴミ袋二つの不要品を処分した。

片付け始めたら、ほとんどがいらないものであることを自覚した。

次はいるものだけを取り除けて、あとは全部捨てよう。

この川が流れている間は精一杯働き、この川が凍ったら私の休みの時としよう。

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緑は深く

6 月 26th, 2017

梅雨とは思えないいい天気だ。

きょうお泊り予定のおきゃくさんがキャンセルとなった。

どうやらここ数日続いている、長野県南部の地震が影響しているらしい。

長野県は広い。

原村、富士見、小淵沢は固い岩盤の上にあるので、地震の影響はほとんど受けない。

ここに住んで39年、東日本大震災のときもちょっと揺れた程度だったし、中越地震の時も同様だった。

ただ、2年前の松本の東部地震の時は、震度2強の揺れを体験した。

冬は寒いけれど、地震のことを考えるとここは比較的住みやすいところだと思う。

そうはいってもそんな平和がいつまでも続くとは限らない。

すべてのものはこの瞬間においてしか存在しない。

すべてのものが瞬間、瞬間で消え去っていくとすれば過去はどこにも存在しない。

未来だって想像するだけの不確定なものなのだから存在はしない。

きょうのキャンセルのお陰で、私はキレイな部屋で過ごせるし、夕飯には美味しいものが食べられる。

朝から張り切ってデザートも作ったから、久しぶりにそれも賞味しよう。

農業用のため池がすぐ近くにある。

こんなにきれいな所なのに、ほとんど人は訪れない。

ここの土手にはワラビがたくさん生えるので、5月から7月までいくらでも採れる。

孫と二人で食べる分だけ採集した。

重曹を上からふりかけ、熱湯を注いでアルミホイルで蓋をして一晩。

こうすると茶色っぽいワラビが美しい緑に変身する。

こうしてアクを抜き、あとはおひたしにしたり煮浸しにする。

変身前のワラビ。

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梅雨の間の仕事

6 月 25th, 2017

地元の梅が出回るようになった。

今年は去年より2キロ少ない8キロを漬けた。

庭に繁茂しているミズヒキを、シャベルを使って掘り起こし始末した。

汗びっしょりかいて、他の植物を植え替えたり、大好きなヤマアジサの植栽に時間を費やした。

昼過ぎから夕方までずーっと働いたのでさすがに疲れた。

こんな時はトシだなあ、とつくづく思う。

私は世間的価値観にはとっくに見切りをつけ、冬の短期隠遁生活を楽しんでいる身であるが、いずれ“役立たず”になるのだろうなあ。

無為の価値はとうの昔に発見しているけれど、まだ中途半端なトシと体だ。

仕事から解放されないと真に“遊ぶ”ことはできない。

またそれが老人に残された唯一の特権だと思うのである。

しかしそれとて、ひと昔前のご隠居さんの特権だったのかもしれない。

今や庶民にはそれができないというのが現実だ。

ああイヤだ嫌だ。

夢だけをみていたい。

オイラなんかこの世にいたときも、あの世でもずーっと無為にすごしているぜ。

バアさんがメイクしてくれた猫ベッドも快適だったけど、今じゃオイラ雲のベッドだぜ。

人間の自由てなんだ?

心の中だけのもんじゃないのかあ?

共謀罪なんていうものもできたっていうしなあ。

人間って不自由なんだな。

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6月の花々

6 月 23rd, 2017

原村には今、野に咲く花がたくさん出現してきた。

だからきょうはどんな花に出会えるかと、毎日の散歩がとても楽しい。

私がここに来て、38年の間に盗掘によって消失した植物も多々あるが、それでも毎年出てきてくれる花に会うとホッとする。

カキツバタ

文化園の湿地に生えている。

これはシベリアアヤメ。

カキツバタとよく似ているけれど葉も花も違う。

カキツバタは湿地に生えるけれど、アヤメは日当りの良い乾燥地帯を好む。

花の元に編み目模様があるからアヤメ。

原村には大抵どこにでもある。

コオニユリ

園芸種のオニユリはこれを改良したものだ。

我が家の庭に39年前からある野ばら。

私がここに住んで初めのころ、庭の草と一緒に刈っても刈っても生えてくる、ヒョロッとした1本の小さなノイバラがあった。

そのうち根負けした私は「いいからここで育ちなさい」とばかりに放っておいた。

それから20年後には太くて立派な木になり、毎年こぼれんばかりの白い小花をつけてくれる。

6月の今、その香りに包まれる幸せは筆舌に尽くせない。

浜崎浩は『折々の花』の中で、「現在、幾千種あるかしれぬ薔薇の諸品種のなかで、天使的な単純さと白い花びらの自然な美しさにおいて、野薔薇を凌ぐものはあるまい」といっている。

私のために書かれた文章のようだ。

日本の野ばらは、その丈夫さ、香りの良さから世界の多くの薔薇の台木として使われている。

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原村のニンニク

6 月 22nd, 2017

いよいよ原村のニンニクが、地元Aコープの生産者コーナーに出回るようになった。

1個189円、国産のものとしてはどこより安い!

たくさん買って次が出てくるのを待つ。

私はいわゆる健康食品もサプリメントも摂っていないし、クスリさえ飲んでいない。

しかし知り合いの整体師さんから聞いた、ニンニク健康法だけは続けている。

2年前「年寄りになったら風邪をひきやすくなって困っている」と諦め半分で、何気なくその整体師さんに私は愚痴った。

そうしたら「僕は風邪にもインフルエンザにも罹ったことはないよ。毎日ニンニクを1片か2片食べて、枕元のちょっと上にニンニクを置いている」と、78歳の整体師さんは言った。

彼はいつも元気で穏やかで、誰にも優しく接してくれる。

そこで私もニンニクを寝室の頭の上にぶら下げ、料理には餃子だけではなく、他にもたくさん使っている。

そのせいである、と確信しているが、去年私は一度も風邪をひかなかったし、インフルエンザにも罹らなかった。

山登りのあと、以前は疲れて何もする気にならなかったけれど、帰ったら生のニンニク1片か2片をスライスし醤油をかける。

それを芯にして、小さなオニギリをつくり、ニンニクがはみださないように海苔を巻いて、一気に食べる。

生ニンニクには即効性があり、すぐ体力は回復する。

古代エジプトのピラミッド造営の際、必ず作業員にはニンニクを与えたそうだが、経験的によく分るような気がする。

おかげで私は山登りのあとでも、キゲン良く家族のごはんを作ってやれる。

ニンニクを食べたカアチャンは、ボクのごはんも手抜きじゃないよ。

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