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10月21日

10 月 21st, 2020

午前中はペンション区の花、アナベルの刈り取り作業をした。

2時間の作業はちょうどいい運動になってよかった。

次の区の作業は、落ち葉掃きを3回くらいする。

みんなトシをとってきたけど、元気に出て来る。

作業は安否確認だそうだ。

明日から天気が悪くなるらしいので、午後はギャビと長い散歩をした。

今年のダンコウバイの黄色はくすんでいてあまりキレイではない。

紅葉の美しさは年によってずいぶん違う。

今年ははずれ年。

陽のかげりが好きだ。

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初冬に向けて

10 月 20th, 2020

先日の雨は山々に初冠雪をもたらした。

寒い日が続いている。

今朝は初霜を踏みながらギャビと歩いた。

陽がのぼり暖かくなったので、再度ギャビと散歩しようとしたら、“行かない”という。

そこで私ひとりで外に出た。

やっぱりひとりで歩くと、意識が色々な対象に向かい新たな発見がある。

ギャビをを連れていると、どうしても意識は彼に向かい、周囲は見ているけど本当は何も見ていない。

カモが水から離れ、何かをついばんでいる。

近づかないようにして眼を凝らして眺めると、どうやらミミズをほじくり返しているようだった。

すぐに私に気付き、ミミズを咥えたまま池に入って行った。

カモちゃん邪魔してゴメンよ。

向かって左は山桜の落ち葉、右はマムシグサの実。

同じ赤でも片方は渋く、片方は名前のごとく毒々しい。

陽だまりにアカツメクサが咲いているのを見て、芭蕉の句を思い出した。

「よくみればなずな花さく垣ねかな」

よくみれば、とは意識をそこに向けると、と同義であろう。

“なずな”など花が咲いていても、普段私たちは知らずに通り過ぎてしまう雑草である。

それが芭蕉の場合、ほとんど目にとまらない小さな花に目を留め、そこに光り輝いている美を発見する。

それが、よくみれば、ということであろう。

小学校の教師をしていた友人が、幼児教育の重要性を痛感し保育園を開所した。

そのときの園の名前が「なずな保育園」。

芭蕉のこの句が好きだったからだそうだ。

どんなに目立たない子どもであっても、よく見て光を当てようと思ったという。

今、青年になった教え子に道で出会うと彼が「usiya〜」と言ってハグしてくれるそうだ。彼女は“先生”とは呼ばせていなかった。

でも、彼が友達と一緒のときは、お互い眼と眼で挨拶するのが暗黙の了解事項だそうだ。

粋だね。

大好きな西洋菩提樹は早々と葉を落とし、ムラサキシキブは見頃の美しい紫色だ。

紫式部といえば源氏物語、以前私は田辺聖子の現代語訳で読みはじめたが、恋愛ものには辟易とする体質ゆえ、すぐ読むのをやめた。

その点「菩提樹」が出て来る『冬の旅』は、若者の失恋を謳うミューラーの詩に、シューベルトが曲をつけた歌曲だけどこれの方がいいなあ。

息子はいつも「アンタは赤毛ものが好きだねえ」とバカにしたようにいうけれど。

なんといっても紅葉はカエデの赤。

どうしてこんなに赤くなるんだろう!

素朴な驚き。

しくみが解ってもやっぱり驚き。造化の妙を思わぬわけにはいかない。

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トイプードルのハルちゃん

10 月 18th, 2020

ハルちゃんが来てくれました。

もう10歳です。

とっても元気で穏やかなトイプードルです。

おかあさんのお食事中、おとなしく待っていましたが、そのうちに飽きて寝てしまいました。

パンが大好き!

いつもだったら、トーストをちょっともらえるそうですが、残念ながら今朝のパンは“くるみレーズンパン”でした。

だから皮の部分をほんの少しだけ。

ハルちゃんゴメンね。

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友人来訪

10 月 15th, 2020

きのう松本から友達3人が来た。

みんな元気なバアさんだ。

当方のドッグランを見て「まだ一度も入ったことがない」と言った。

10年以上の付き合いになるのに私自身が驚いた。

犬もいないのに、ここに案内するなんて思いもよらなかったのだ。

何のヘンテツもない手入れの悪い庭だけど、この盛りを過ぎた自然の風景が、彼女たちの琴線に触れたらしい。

みんなこの寂し気な風景に、自分の来し方行く末を重ねるのね。

というわけで、ここでお茶にした。

紅茶とスコーンではなく、我ら年寄りに相応しく塩羊羹と渋茶で。

時間は午前11時、昼食前のよく晴れて気持ちの良い秋の日だった。

切り株に生えた苔を見て「まあ、ステキ!「苔に桜の落ち葉もいいわあ〜私苔が大好き!」と少女のような歓声を上げるバアさん。

ま、少女はこんな汚らしいモノには歓声など上げないけどね。

「苔が好きなら北八つの白駒池周辺がいいよ」と私が言うと、77歳のバアさんが「じゃあ皆でそれを見に行きましょう。私たちに残された時間はそれほどないの。来週行きましょう」ということになった。

84歳、77歳、73歳(私)70歳という4人である。

84歳の女性は(とてもバアさんなんて呼べない気品のある人)東京大空襲をくぐり抜けてきた人である。

以前彼女は「死ぬのは怖くない、もう何回も死んできたわ」と言っていた。

そして、お茶を飲む手を休め、深く青い空を見上げながら「こんなに幸せでいいのかしら」とつぶやいた。

“ああ、U子さま、私はあなたの運転手としてどこにでも参ります”と固く心に誓った。

きのう、かつての乙女たちが夢中で語り合った場所。

古びて寂し気な椅子とテーブルを何を思ってかギャビが眺める。

もう私たちは力強く他の場所を目指している。

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10月13日

10 月 13th, 2020

友達が退職してから陶芸にのめり込みはじめた。

5年経った今では、置き場所のなくなった作品が家の廻り中にあるという。

どれでも好きなものを上げるから、取りにくるようにと言われた。

でも私はこれ以上は管理できないからと、固くお断りした。

今までにもらった作品は、花瓶はこれも含めてすでに四つもあるし、抹茶茶碗だって5個もある。その他にも色々。

このミナツキを活けてある花瓶も彼の作。

でも彼のいいところは「もらってくれ」というところだ。

陶芸をちょっとやったくらいで作家然として、高い値段を付けてクラフト市で売ったりする人もいる。

そういう手合いの作った花瓶を義理で買ったことがあるが、案の定水漏れがした。

みてくれだけで、用途を少しも考慮していない。

油絵をやっている知り合いも、作品が溜まって困ると言っていた。

写真も同じである。

私のデッサン用のスケッチブックもずいぶん溜まった。

趣味もいいけど、作ったものが溜まっていくのは本当に困るなあ。

本人以外にはゴミなんだから。後に残った者は本当に困る。

そこへいくと、音楽はせいぜい楽譜だけ。

フルートやバイオリンなど場所もとらないし、演奏という行為によって外界に飛び出した音もすぐ消えていく。

ピアノは場所をとるけど、残っても電話1本で売れるからね。

何といっても料理は一番の作品だ。

喜ばれながら胃袋に入ったらおしまい。

だれもゴミだなんて思わない。

孫娘は金曜の夜に赤いマニュキアをして楽しむ。

そして日曜日の夜には、それを除光液でキレイに消して翌日には学校へ。

私が「キレイだからそのまま行けば?」と言ったら「不良だっていわれてしまう!」といって怒られた。

すぐ無くなるものはやっぱりいい。

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