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三月の雪

3 月 13th, 2019

平地にはそろそろ桜が咲くというのに、ここには春の雪が降りしきる。

エアロバイクのペダルをゆっくり踏みながら、大好きな室生犀星の詩『三月』を反芻している。

うすければ青くぎんいろに
さくらも紅く咲くなみに
三月こな雪ふりしきる

雪かきよせて手にとれば
手にとるひまに消えにけり
なにを哀しと言ひうるものぞ

君が朱なるてぶくろに
雪もうすらにとけゆけり

この詩は、儚く消えゆくものの美しさを謳い上げた詩である。

こな雪に託して、命あるもの全てを指しているのではないか。

私たちは生きてきた過程で様々な体験をしてきたけれど、その本質は哀しみである。

その哀しみを、私は季節外れの三月のこな雪に重ねる。

いのちの儚さは手でかき集め、語ろうとしても瞬く間に消えてゆく。

それが“うすければあおく銀色に”ということばにあらわされている。

青は悲しみの色であり銀は鈍い光の反射のこと。

“君が朱なるてぶくろに雪もうすらにとけゆけり”

朱と白の見事な対比。

今私は生命の火(朱)を細々と燃やしているけれど、その私の中に失われていったいのちが溶け込んでいる。

それを私は愛おしむ。

逝ってしまった歴代の犬や猫、両親、兄、友人たち。

そして尊敬する内外の人々。(ま、私の場合何人かの哲学者、文学者、芸術家、歴史家、科学者だけどね)

「アタシ久々にシャンプーしてもらって若返ったわ。身も心もよ」テス。

ボクはいつだって退屈。

喜びは一瞬だけ。

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