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8月4日

8 月 4th, 2022

きょうは朝から曇り空である。

そのせいか花々が生き生きと美しい。

大好きなウバユリも咲いた。

名前の由来であるが、花が満開になる頃には葉が枯れてくる事が多いため、歯(葉)のない「姥」にたとえて名づけられたそうである。

マッタク人を馬鹿にしたハナシである。

気温は21℃だから長袖を着ている。

今年の冬滑って転んで痛めた腰が(全治1ヶ月と診断された)半年経ってずいぶん回復したがまだ以前のようではない。

そのことを隣のおばさんに愚痴ったら「もう以前のようになるなんて思っちゃダメ!それが老化というものよ」とアッサリいわれた。

確かにねえ。返す言葉もない。

考えてみれば治ることだけに関心が向いてしまい、そればっかりに腐心していると、人間のあり方としてずいぶん偏ったもの、あるいは人間の生が乏しいものになってしまうのではないかと思った。

ケガをして初めて分かったこともある。

痛み、それこそが生きることの独特な経験になったことである。

思い起こせば転んで腰を打ち激痛と共にへたり込み、その場所から歩いてきた方向に眼を転ずると、規則正しいキレイな自分のあしあとがあり、次に突然大きく醜く乱れた雪跡にちょっとした感動があった。

そこにハッキリとしたストーリーが読み取れたように思ったのである。

それは今までの自分の足跡のようにも感じた。

痛くて起き上がれなかったので、しばらくその光景を眺めながら、人生で足を掬われるということの象徴みたいだなあ、と落ち着いて見ている自分もいた。

次に感じたのは、全く予想もしなかったことによって自我が粉砕されたということであった。

すると痛いながらもなんだか清々しく、ちょっとした幸福感さえあった。

そのことは、雪の上に身を投げ出し「おのずから心静かに」という、痛むことによってしか経験できないものに身を委ねた結果得られたものであった。

もう私はこの筋肉の拘縮からくる痛みと共に生きていこうと思っている。

ボクの方がゲンキだよ。

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