東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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アヴィちゃんの帰る朝、そして庭仕事

9 月 13th, 2020

黒ラブのアヴィちゃんを見送り、録画しておいた「日曜美術館」を見終わったら、きょうの作業は剪定と植栽だった。

萩と秋明菊と薔薇である。

山萩を実生から植えたものがあるが、人の庭にはあまりにも地味過ぎて寂し気なので、園芸種のもっと派手なものを植えることにした。

秋明菊は手入れが悪かったので、雑草に駆逐されかかっていたのを救出し、また新たに植え足した。

以前は白とか紫がかった薄いピンクのものを好んで植えていたが、今はなるべくどぎつい色のものを選んでいる。

ワイルドな庭なので、強い色でなければ存在感を出せないからだ。

薔薇は真っ赤な中輪が房状になって咲く花。農薬いらずの強い子だ。

雑草にも負けずに自己主張する品種だ。

蓼科自由農園で花の終わった売れ残りを安く買ってきた。来年に期待しよう。

当ペンションの庭はただただ手間をかけないでも、それなりに、というものばかりであるが、ときどき花木や球根の補充をしなければならない。

この秋は水仙とチューリップの球根をそこかしこに埋めよう。

庭の植物は維持が大変なのである。

移ろいゆくものの宿命ではあるが、私はそこに自分や万物を重ね、時に喜び、また感傷に耽ったりしながら、そこから幸福を受け取る。

植物に接していると、自分を足許から肯定できるような気がする。

これぞまさしく地に足が着いている、ということではないか。

アヴィちゃん

9 月 12th, 2020

今朝は作業目標を立てませんでした。

なぜなら、きょうは久しぶりにお客さんだからです。

このカワイイ黒ラブがアヴィちゃん。

3歳の女の子です。

飼い主さんは「まだやんちゃで」、とおっしゃいますが、いいえ、とってもお利口さんで落ち着きのある子でした。

若く美形の黒ラブ、アヴィちゃんです。

8月以来のワンコです。

やっぱり犬がいると嬉しいなあ。

食堂がぱっと華やぐのです。

早くお客さんが来てくれるようになるといいなあ、と思いました。

アヴィちゃん、ありがとう!

9月11日

9 月 11th, 2020

原村はもう野菊の季節。

そこかしこに薄紫の花が。

東京から戻って10日間のコロナ自粛をしていた、隣のおばさんの“喪”が明けたので夕食に招待した。

シュウマイと、ワカメとキュウリ、ミニトマトの酢の物、ひじきの煮物、自家製漬け物といったメニューだ。

シュウマイはもちろん自家製。

挽肉と海老に味をつけよく混ぜる、玉ねぎの荒みじん切りにしたものに片栗粉をまんべんなくふる。

全部をさっと混ぜ合わせたものを、おチエと二人でベチャクチャ喋りながら一つ一つ包んでいく。

皮60枚もあるから時間がかかるが、それでも自家製は美味しい。

大きな蒸し器にギチギチに並べ、強火で蒸すこと8分。

それを2回。

5人で一つ残らず平らげた。

餃子とシュウマイは決して私ひとりでは作らない。

我が家では餃子は最低50個、シュウマイは60個作る。

ひとりでその作業をしていると、メゲてくるし、ミジメになる。そのうち、どうしてこんなことを!と腹が立ってくる。

だから家族総出で作るに限る。そこに和やかなコミュニケーションも生まれるというもの。

老夫婦の家では想い出話でもしながら、二人で作ったらいかが?

いびつな形だっていいじゃない。

公園の西洋菩提樹の葉がもう黄ばんできた。

公園の木々の中で一番最後に芽吹き、一番最初に散ってしまう。

私の大好きな樹木だ。

朝起きてすぐ犬の散歩に行ってしまったので、きょうの作業目標を立てるのを忘れた。

そのせいかきょうは何もしないでグウタラ過ごした。

何をしてもよいとなると何もしないものだ。

人は制約の中でこそキチンと生きられる。

9月10日

9 月 10th, 2020

本日の作業は草取りだった。

例年通りなら涼しいので草もそれほど伸びない。

しかし今年は気温が高いので雑草が繁茂している。

そこで玄関までのアプローチの草取りをすることに決めた。

朝から快調にこなし、ついでに花壇の草も取り、バラの剪定をしていたら、近所のペンションの人が通りかかった。

「どおしたの〜!珍しい。庭仕事なんかしてえ!そういえば今年のあなたの所はずいぶんきれいねえ」と言われた。

「私だってやるときはやるのさっ!」と答えて手を休めなかった。

もしここで手を止めてお喋りに興じたら、その後の作業がイヤになるからだ。

作業に集中しているのだから一気にやってしまいたかった。

ご近所付き合いはここまでに。

休止していた私のアトピーが顔に出てきた。

原因は全く分らない。アトピーとはギリシア語で“不思議な”とか分らないという意味だそうだ。

酷いご面相である。アトピーの発赤である。

この顔のマイナス記号をどうするか。

幸いというか天の助けというか今はコロナ禍、外出時にはマスクは必須であるから顔は隠せる。

幸い眼は腫れておらず、クッキリぱっちりしているから決してマスクを取らないようにしよう。

私の顔に突然あらわれたこのアトピー性皮膚炎。何ヶ月も鳴りを潜めていたというのに!

これを完全に克服する必要もないし、できないだろう、と今はおおらかに受入れている。

これと付き合って行く以外に道はない。

どうせもっとトシ取れば消滅するのだから。

母と娘が仲良くパソコンを見ていたら、いきなりギャビが膝に。

「オイラも入れてよ」といったところだ。

入笠山ハイキングの後ずいぶん元気になったギャビ。

やっぱり年寄りと同様刺激が必要なのね。

蕎麦の花とブロッコリー

9 月 9th, 2020

手前はブロッコリー、その向こうには蕎麦の花。

お天気がいいので今朝はシーツや枕カバー、布団カバーなどを取り替えて洗濯した。

というのも最近、朝起きた時に立てる小さな作業目標というものがあり、今朝はこれだった。おかげで生活にメリハリがでてきた。

コロナ禍でお客さんもなく閑な時間を謳歌しているが、行き着く先は食べることと気晴らしというか暇つぶしである。

暇つぶしの材料には事欠かないが、家事だけはイヤだなあ、と思う。

もう飽き飽きなのだ。

イヤな事はしない、という私の老後の目標は、この家事のくびきがある限り実現されそうもない。

パスカルは飢餓を克服して幸福になったはずの人類に「無為と倦怠」という新たな不幸が生まれたという。

人は働いたり様々の娯楽やスポーツに熱中している限り、無為からくる倦怠を感じないですむ・・・とパスカルは言っている。

仕事さえ人生における暇つぶしなのだと彼はいう。

そうであるならば学問や芸術なんぞは最大の暇つぶしだ。

では家事は仕事のうちか?

男も女も生きていくためには、仕方なくやらねばならない雑事ではないだろうか。

では生産という仕事のなくなった老人はどうすればよいのか。

ま、せいぜい体力も知力もいらない家事に精出せ、ということか。

私の場合飽き飽きだといっても、その飽き飽きが老人になってからの家事の遂行に結構役立っている。

つまり長年やってきて“慣れ”ているから飽きてはいるけど、苦もなくこなせるということである。

では家事をほとんどしてこなかった男の老人はどうだろうか。

ナニ心配することはない。

かつての私の職場の上司だった人は、妻に先立たれ自分は家事全般何もできないことを思い知らされ途方に暮れる。

そして家事の大変さを少しもねぎらうことなく、当たり前としてきた自分を反省し、仏壇に向かって妻に謝ったという。

その後、半年かけて料理、洗濯、掃除のスキルを身に付けた彼は、自分で作った酒の肴をつまみつつ、仏壇の妻に向かってこう話しかけているそうだ。

「家事なんざあ誰でも簡単にできるよ。料理なんかオレの方がよっぽど上手だよ、掃除だってアンタと違って隅々までキチンとやっているし、アンタが嫌がったアイロン掛けだってオレは上手にできるよ。ただこれが何十年も続くとなるとウンザリだなあ。アンタのエライとこは、それを何十年も続けたってこと、アリガトよ。オレの場合はあと10年以内に終わるからなあ」。

彼の場合10年以内には終わらず、もう20年も続いている。

そして彼はますます口うるさく、元気だ。

蜜蜂がたくさん飛んでいた。

蕎麦の花の蜂蜜はクセがあるけど、体にはとても良いという。

健康オタクの隣のおばさんは、これをパンに塗って食べている。

ブロッコリーにはモンシロチョウが群れ飛んでいた。

モンシロチョウの幼虫はブロッコリーとキャベツが大好きだ。

収穫する時のブロッコリーはこれの3倍くらいの大きさだ。

原村のブロッコリーは美味しい。