東京から2時間、名古屋から2時間半。八ヶ岳中央高原 原村へようこそ!

ペンション グリーングラスでのんびりとした休日はいかがですか?
森の散歩道や、渓流、白樺の林をぬけて薫る高原の風。
あふれる自然に人も犬もきっとリフレッシュできますよ。
長野県諏訪郡原村 中央道諏訪南ICより自動車で約10分
首都圏から一番近い”村”である原村のペンションです。
長野県諏訪郡原村17217-1682






我が家の犬や猫、お客さんの犬、八ヶ岳の自然などについての日記を綴っています。
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梅雨明け?

7 月 12th, 2017

暑い、とにかく暑い。

猫もお気に入りの場所の出窓から下りて、風の入るソファで寝ている。

標高1300mの高原でも暑いのだから、下はさぞかし暑いことだろう。

雨は4日に降ったきりである。

このまま梅雨明といってもいいような、青い空と入道雲の日が続いている。

それにつけても九州地方のあの災害には胸が痛む。

こんな狭い日本なのに、災害は局地的に襲って来るのだなあ、ということを日々感ずる。

暑い暑いなんて文句を言っていたら、バチが当たりそうである。

ギャビはこの涼しい場所から動こうとしない。

散歩は朝の涼しい時間帯に20分くらいと、夜30分だけである。

クマの仔みたいに黒い毛皮をまとっているのだから、暑さもひとしおであろう。

2日続けて、夕方の涼しい時間帯に花壇の草取りをした。

ここは玄関までのアプローチだから、キレイにしておかないとね。

難行苦行であった。

ガーデニング大好きの隣のおばさんは「草取りをしていると何も考えなくてすむのよ。ただただ無心になれるから私はちっとも苦にならないわ」だと。

私は無心になるどころか、かき氷が食べたい、アイスコーヒーを飲みたい、シャワーを浴びたいと、煩悩のかたまりとなって雑草を呪詛し続けた。

先週のワンコたち

7 月 10th, 2017

ロビン君11歳。

まるで王子様のように気品のあるゴールデンでした。

ガサツなところは微塵もなく、そっと寄って来てくれました。

ウエストハイランドホワイトテリアのフクちゃん。

13歳ですが、とてもしっかりしています。

テリアには珍しく甘えん坊です。

今にも飛び出して来そうに元気な「おすし」君。

11歳です。

面白い名前をつけてもらったねえ。

リティ君は13歳のキャバリエです。

飼い主さんいわく、「過保護なので、足の肉球はまるで赤ちゃんのように柔らかいです」。

本当でした。

野花菖蒲が咲きました。

園芸種の花菖蒲はこれの改良品種です。

私が偏愛してやまない野の花です。

7月3日曇り蒸し暑いのも日中まで

7 月 3rd, 2017

私は37歳のとき、無謀なスキーで転倒して頸椎を捻挫した。

それ以来33年間、右肩と右腰の痛みに苦しめられている。

宿痾というか、業病というか、とにかくこれが私の人生の中で一番厄介なものである。

もちろん色々な治療を試みたが、どれひとつ満足のいくものはなかった。

今は骨盤を調整する整体教室に通い、何とかガマンできる程度になっている。

もちろん完治はしないけど、時々は忘れていられるので、これでよしとしようと諦めている。

その整体の先生は、65歳を過ぎてから筋肉を鍛えようなんてとんでもない。今ある力を維持するように軽い運動で良い。

大抵の不具合は老化からくるものだから、ガマンできるものはガマンし、痛みはやりすごすように。美味しいものを食べて楽しく暮らせればそれで良いではないか、欲をかくから辛くなる。ということをいつも言って体操も決してやり過ぎてはならない、と指導してくれる。

私のためにあるような指導ではないか!

おかげで私は夏が終わると、毎年ガマンできないほどの腰痛に苦しめられていたが、ここ2年ほどそういうことはない。

この教室は口コミでどんどん人が増えて、今や手狭になってしまった。

不思議なことにこの教室は、女の人は続くけど、男の人は続かない。

男はせっかちだから、効果がすぐあらわれないとやめてしまう、ということらしい。

雨上がりに

7 月 1st, 2017

雨上がりにギャビを連れて散歩した。

きょうは彼のいいなりに行き先を任せた。

そうすると、どんどん下って別荘地に歩いて行く。

この当たりは標高1300m弱の高原なので勾配がキツイ。

これでは行きは楽だけど、帰りは辛い。

でも覚悟を決めて、ギャビが行きたい方へと歩みを進めた。

ギャビは老犬なので、もうリードを引っ張るようなことはないけれど、以前のように上り坂で私を引っ張りあげてくれることもない。

寂しさがこみ上げる。

と同時に愛しくてたまらなくなる。

梅雨の花「ホタルブクロ」

いつの間にか、手入れの行き届かない当方の庭の片隅に咲いていた。

子供のころ、私はホタルがこの花の中で眠ると信じていた。

この命名だけは植物学者はセンスがない、などと言うまい。

多分、民間伝承ではないかと私は二ランんでいる。

地方によってはアンドンバナ(行灯花)チョウチンバナ(提灯花)と言うそうだから。

85歳のトモダチからのメール

6 月 29th, 2017

かつて新聞社で編集局長をしていた85歳のトモダチからメールが来た。

昭和41年から新聞に連載していた企画記事で、それを本にしたものがあるのだけれど探して欲しい、ということだった。

自分でも力をこめて書いた記事で愛着があるが、その本がどうしても見つからない。

崩れた本の山の最下層あたりにあるらしいけど、掘り起こす体力もなければ、インターネットで古本を探す気力もない、老人介護のつもりでやってくれ、と老人である私が頼まれた。

実はこの本を私は10年前にもらっていたが、彼はそれを忘れているらしい。

でもこれは私の手もとに置いておきたいので、ネットで探すことにし、アマゾンで250円で買った。

昭和42年発行の『勝負の秘密』、今から50年も前の本でもちろん絶版である。

これはスポーツ界で活躍した人たちをインタビューして、勝負に生きた人たちの極限の姿を描いたものだ。

例えば、サラブレッド・白井義男(ボクシング)雪のカミカゼ・三浦雄一郎(スキー)あすはあすの風・初代若乃花(相撲)ライバルの体質・大山康晴と升田幸三(将棋)等々多士済々であるが、今の若い者は知るまい。

再読して思ったのだが、まるで哲学だった。

例えば、「怖さを知るものだけが強くなれる」は「無知を知るものだけが賢くなれる」に通ずる。(これソクラテス)

★勝負の世界での「カン」とは「過去の経験を正確に帰納する力」、とあった。

西洋哲学では、経験とは判断を下すことであり、判断するとは特殊を普遍に関係づけることだから、よく似ている。

★カンの働かない「読み」は、羅針盤をもたない航海のように焦点がなく、読みに裏付けられない「カン」は糸の切れたタコのように不安定だ。勝負の場で一流といわれる人たちは、意識しているかどうかは別として、カンと読みを兼ね備えているにちがいない。

と、この本にはある。

カントは、「感性がなければどんな対象もわれわれには与えられないであろうし、また悟性(知性)がなければいかなる対象も思考されないであろう」と言っている。

つまり、両者が合一されることによってのみ、認識は生じ得る、ということだ。

経験や理性による判断に裏付けられない直感は盲目である、ということか。

スポーツの世界の面白いところ不思議なところは、長嶋と野村という対照的な選手のカンと読みの対決にもあらわれている通り、瞬時の判断はやはり天才にしかできないものであろう。

長嶋にみられたような野球の天才は、モーツアルトの天才性である「神に愛された者」、と同質だということを感じた。

スポーツオンチで、野球もサッカーもテレビ中継を最後まで見た事は一度もない私であるが、ふとサッカー観戦に行ってみようという気になった。

書斎派インテリに読ませたい本である。

この本は、スポーツにおける勝負を人間活動の単なる一部分としてではなく、可能性に挑む実人生そのものの「昇華された姿」としてとらえていた。

若き日に、一線の記者として駆け回っていたトモダチの姿が、行間から浮かび上がってきた。

長生きしてね。

原村は今どこも花盛りである。